toyotaboxyのblog

せんちゃんのグルメ&秘境の湯旅行記

旧中山道五拾六次

歩いていこう旧中山道五十六次 大井宿→大鍬宿

2014.11.22

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今回の旅で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

このままならまだまだ歩けそうだ

時が経つというのはこんな物かも知れない

ゆっくり鑑賞しながらの旧中山道五十六次も今こうして一日目の行程を終えてしまった

最後だからゆっくりと思っても時は経過してしまう

だからこそ 今を一生懸命に生きよう

時間があるなら未知の地へ出掛け グルメを堪能するもよし徘徊するもなおよしだ

休日家でTVや昼寝は成るべくなら止めよう(だが、時には妻の顔色を伺わなくては為らないときがある)

人生にはリハーサルがないんだ



本題へ戻ろう

今、大井宿本陣前を通過、ここには二回目の枡形があった

今日はもう少し 恵那駅まで向かいそこから電車に乗って本日の出発地南木曽駅に戻る予定

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すると旧街道沿いではこんなイベントが開かれていた

のれんアートコンテスト

 全国から公募で集まったのれんを、長島橋から大井宿本陣跡までの中山道の各商店や家の軒先に掛け、通りを歩く観光客らに、気に入ったのれんを投票してもらうコンテスト。個性あふれるのれんアートが道を彩り、目を楽しませています。

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14:20  地図

ここは「ひしや資料館」




DSCF8986中山道 ひし屋資料館


大井宿の有力な商家であった古山家住宅を改修・復元し。建築当初の状態に限りなく近づいています。
資料室には、当時の商業の様子や当主がたしなんだ俳諧について古文書を中心に、また、大井宿や近隣村の特色に触れる資料などが展示してあります。この「ひし屋」は平成9年に恵那市の文化財に指定された。 

古山氏は、地銀の十六銀行設立にも係わった名士でもあった

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暖簾コンテストは疲れた体にビタミンを与えてくれる。

こんなもんと言っては失礼だが、町の人みんなで宿場を盛り上げようとする

心意気がひしひしと伝わってき初めて訪れた拙者の心を和ませてくれる


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こうして色々な暖簾を見ていると 幼稚園児から大人の力作まで様々だ

果たして暖簾に求められる図柄って何だろう

暖簾は飲食店の入り口にも掲げられることが多いが一番多いのは民家で


DSCF8989の使用例だろう

だからこそみんなが心温まりいつしか笑顔になっていくような作品がいいね

でも これらの作品に一票は難しかったし長島橋まで歩いてみないと結論は

出なかった

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暖簾の掲げる宿場内には、格調高い本陣正門や、格子戸のある庄屋宅、旧

家や旅篭屋などが今でも面影をしのばせていてこの暖簾ととても調和が取

れた素晴らしい街並みだと思う


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旅館いち川さんのT字路を曲がる

ここが3度目の枡形であった




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14:31  地図

市神神社前が4度目の枡

形道


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5,6度目の枡形を通過するとここ大井橋に出る

今でこそ立派な橋になっていたが往時が木を渡した

だけの簡素な橋だったそうだ  地図


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14:38  地図

あっここ 東海道五十三次歩き終え 帰り道に秘境

駅で名高いJR飯田線小和田駅に向かう際に偶然


立ち寄っていた場所。

あの時は『二度と街道歩きなんかするもんか』と言うほど疲弊していたが・・・まさか翌年に歩いているな

んて想像も出来なかった

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今日の徘徊はこれでお終い。

明日は 中山道五十六次の千秋楽となる

楽しみと言うより寂しさの方が増している


ああ 終わっちゃうよ

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

2014.11.23

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今日で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

本来ならゆっくり歩きたいところだが、夜 式根島で会った青年と久しぶりに会う予定になっているため

急ぐ日程となってしまった
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5:27  眠いよ~寒いよ~

現在の気温 2℃ どおりで寒い訳か・・・日中18℃まで上がるの?

この気温差はちょっと辛いかも知れない


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そんなこと言ってられない。今日は御嶽宿(31粁)まで歩きその後伊那市ま

で行かなくてはならない。御嶽から先は2014.6.21完歩済みでここ大井宿か

ら御嶽宿間を歩き終えれば中山道五十六次も全て繋がってしまう訳だ


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晩秋のこの時期は日の出が遅い為当たりは真っ暗。寂しいよ 怖いよ

誰か助けて・・・




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あ 暖簾が出しっ放しだった 

夜間片付けないんだね




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すると暖簾コンテスト投票所があった

もちろん投票することも可能だったが 一つを選びきれなかった為今回は

棄権した。


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これが投票用紙

本陣跡から長島(おさしま)橋までと意外と長い距離。全てを見て記憶して

一票投じるのも大変な作業だね


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5:55  地図

坂の上交差点




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旧道はこの階段を上がって行く。往時は小高い坂上にあったのだろうが、

今は削された交差点となっていた。

なかなか明るくならない。夜明け前が一番暗いと言われるように真っ暗だ


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6:07  地図  旧道は右へと逸れていく

少し前からカメラのバッテリー不足と表示された。そういえば昨日も同じ現

象が現れ撮影時間を短時間にして小電力で何とか熟してきたが、今日もだ


った。昨夜間違いなくフル充電してあるはず・・・なのに何故?とこのときには思い当たる節がなかった

後で気が付いたのだが 外気温が低くいくらポケットに入れてあったカメラのバッテリーが寒さで機能し

ていなかったんだ

いざとなればipadのカメラもあるが、ipadを使いすぎてネットが使えなくなると道に迷うことだけではな

い路頭に迷うことになり兼ねない。

それだけは避けたい

だが折角の工程を画像に納められないのも辛い

節約しながら撮影するしか方法はなかった

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この先の峠越えがあることはこの時点では知るよしもなかった

地図




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東の山並みが明るくなってきた東雲の時が近づいた

日の出はまだ遠いな




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JRの踏切を越えると一気に田園の中を進み中央道ガード下へ

だんだん寂しい山道になっていく

やっと足元が確認できるくらいの明るさになったことに胸をなで下ろした


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6:13 『これより西十三峠』の石碑

この先峠道としか思っていなかった。中山道の難所は、碓氷峠、和田峠は、

攻略済み。恐るるにたりないものなどなかった


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6:16  十三峠と言ってもたいしたことないと思っていたが、未明の山道は

何か異様に不気味。間違っても出会す人などいない。出会すといったら熊

か猪だろうの心配が浮かんできてしまった


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6:23  槇ヶ根一里塚

やっと明るくなってきた




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日の出は近いな

今日もいい天気になりそうだ




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6:24  槇ヶ根一里塚を越えると尾根沿いの道に変わり素晴らしく展望がいい

すると 桜百選の園 の石碑

辺りの樹木は間違いなく桜の木。春には素晴らしい眺望が拝めることだろう


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するとメガソーラー発電装

置があった。 地図

大震災後 国の政策で始


まった再生可能エネルギーだが、ここに来て雲行きが変わってきた。

国はもっと一貫とした政策をとって欲しいものだ(我が家の屋根にもソーラー発電が乗っている)

また最近は電気ケーブル盗難事件が多発しているとニュースで報じていた

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6:36

建設会社脇の草道が中山道




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木の葉の絨毯の中を進む






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6:39

槇ヶ根立場跡




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6:40  立場跡の先に「追分道標」がある。  地図

ここは伊勢・名古屋へ行く下街道との追分。上街道(中山道)を通るより4里

ほど近かったことから、たいへん賑わった街道であったそうだ


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異様な土模様??

これは猪が、土中の虫を探して鼻で掘り返した痕跡だと勉強済み。

勉強済みはいいが・・・と言う事は猪が生息する山だと再確認


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6:49  姫御殿跡

ここは祝峠といい、展望がよいので旅人にとって格好の休憩地であったそ

うだ。


DSCF9040お姫様が通行するときは、ここに仮御殿を建てて休憩されることが多かっ

たのだとか。





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6:52  地図

姫御殿先に『首なし地蔵』があるが、縁起でもない

そそくさと通過してしまった 


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7:06

やっと朝日が降り注いできた。暖かい 暖かいも何よりのご馳走だが

明るくなったことが何より嬉しかった


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四ッ谷集落の中を通過し再び山中へ入ろうとしていた  地図

ここらであの十三峠の意味が別もんだと疑惑が湧いてきた

もしかしたら13もの峠道が連なる道なのかな?


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7:21

紅坂一里塚




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7:31  地図

藤川を渡り国道に出ると、道路向こう側に見える

のは「藤村(ふじむら)高札場跡」


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こんな山奥にも民家があった。ここは深萱(ふかがや)という集落

たまたま住民と会話が出来た

この辺の田畑には電気柵が沢山あるが猪が田畑を荒らすんですか

猪も鹿も沢山いて困っている

猪などは最初は効果あったが電気柵も最近では怖がらなくて困っている

今日展示会があり最新式の猪除けがあるんで見に行ってくるそうだ

そうそう 熊が出るから注意して行きなさいと教えられた

鳥獣害対策と野生生物の専門家による鳥獣害防止の”知恵”を発信するブログ

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7:33  旧道は深萱集落内へ入っていく






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7:53  地図

ここから瑞浪市。ここまでいくつもの坂を上り下ってきたことだろう

もう少しいい道は無かったのだろうか?


確か平行して木曽川の流れがある 河川敷は洪水の影響があるため無理としてももう少し平坦な

ところを歩けたはずなのに どうしてこんなに困難な道を作ったの

それとも参勤交代をより大変に仕向けたのかな

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8:00

観音坂は、とても整備された坂。瑞浪市は中山

道の価値をとても理解している


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8:19

炭焼き立て場跡




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集落のとある民家の納屋に『シバタ式脱穀機』があった

柴田三代治と農機具生産. 株式会社柴田商会の創立 ... 兵庫県. 上郡町 

3. 柴田工業

上郡町においても、犂(すき)や踏車(ふみぐるま)、千歯扱(せんばこ)き、唐箕(とうみ)など 、町外各地で生産された特色ある農機具が広く使われていた一方、柴田三代治(みよじ) 氏らによって、株式会社柴田商会が設立され、除草器や足踏脱穀

と、ここまでしか解らなかった

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旧道は中山道ゴルフ倶楽部の中を通っていた

地図




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旧道を歩いていたらロストボールがこれだけ落ちていた

これって 今朝は拙者が一番最初。でも昨日は・・・

恐らく日中歩いた方がいたら拾っていたと思う


でもゴルフをプレイする人は日中だけ

これらの要点を想像するに  昨日旧道を歩いた人はいなかった筈

それだけ旧道を歩く人は希で この旧中山道は実際には観光資源にはならないって事だ


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8:35

樫ノ木坂  坂が多すぎてもう何が何だか解らない




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8:45

阿波屋の茶屋跡   やっぱり瑞浪市教育委員

会は偉い


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8:48

街道際に『尻冷やし地蔵』が鎮座している。

ここは旅人にとっては貴重な清水の湧き出る場所。

この清水に感謝して建立されたのだそうだが、清水で尻を冷やしているように見えるので、こんな愛

称で呼ばれるようになったのだとか。

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8:50  地図

もうすぐなんだけどな大鍬(おおくて)宿、なかなか着かない




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8:53

しゃれこ坂




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9:01

ここに来て初めて十三峠の意味がわかった。十三峠とは峠の名前ではなく

十三もの峠が連なった山道のことを言うんだと・・・


DSCF9070東海道の時もこの中山道も一緒 予習しないでい行き当たりばったりの旅

この石碑があるということはここが京側入り口と言うことだ

つまり 十三峠を通過し終えたんだ

ああ疲れた

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大湫(おおくて)宿到着

東に十三峠、西に琵琶峠に挟まれた山間部に小さな宿場町

タイムスリップしたかのような街並みを見るにつれ中山道五十六次の旅は


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時間旅行という名のトラベルなのかも知れない






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9:05  大湫宿本陣跡に到着といってもここは小学校の校庭

昔はここに本陣が建っていた

日本橋から数えて中山道47番目の宿場町


DSCF9075だが、その本陣に関する説明看板や石碑など一つも掲げてらてれなかった

早朝の3時間半の峠歩きは堪えた

でもどうしてこの道が、『歩いていこう旧中山道五十六次』の完結道になって

しまったんだろう

最後の日はもっと楽なコースを選べはそれこそ 楽だったな中山道・・・と次の期待も膨らむが

あまりにも過酷すぎたこの道 

独りニタニタ笑いがこみ上げてきたんだ

最後の最後にこんな過激な道を歩くなんて拙者らしいと言えばそうかも知れない

ああ 疲れた

暫し 休足してから旅立つとするか

歩いていこう旧中山道五十六次 中津川宿→大井宿

2014.11.22

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今回の旅で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

このままならまだまだ歩けそうだ

でも残り2日間無事歩き終えて初めて完結するその一日目も残り1宿 約11粁となっていた

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11:51

宿場街道を盛り上げるのは何もお金を掛けることではない。各戸が少しでい

いから旅人や住民の心癒やす展示物や置物、飾り物等でも十分出来る


DSCF8940そんな形でも 寂しい宿場内を盛り上げることが出来ることだろう

夢ドーム』?

ご当地ヒーロー?

いわゆるローカルヒーローではTV実写版になっている沖縄の龍神マブヤー

が知名度あるが調べてみればもの凄い数のローカルヒーローがいた

下総の國でもローカルヒーローがいるが地元民の拙者でも知らないのが沢山あった

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11:59  地図

中津川宿内の旧中山道は江戸の面影残る街並みがあったが再び長閑な

住宅街の中を進む


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12:03  地図

駒場村高札場跡があらわれた。




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12:11 地図  上宿一里塚跡






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久し振りに同志にであう。手身近の挨拶と健闘を祈り別れるだけだが

何故か嬉しい気分になる。解るかな~この気分を・・・




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再びイエローストーンロード

これが現れると格段の街道歩きが楽になる




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12:26  地図

この先R19と中央道中津川I・C接続のため旧中山道は破壊されていた




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中津川IC造成のため旧道は大きく回り込む道に変

わっていた。本来は真っ直ぐな道であった

地図


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坂本地区に入っていった

ここは六地蔵石幢

300余年もの長い間旅人の安全を見守っている


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12:45

坂本神社八幡宮




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12:51  ここから旧道は左に逸れ長閑な田舎道となっていった

でも退屈すぎる 何かアトラクションが現れないと本当に辛い

おお マンホールがお出ましだ

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マンホール蓋考察

中津川市坂本地区

天然記念物に指定されている坂本のシデコブシとハナノキが全面に描か


れた。デザインは平成20年に一般公募で決まったそうです。

中津川市周辺のシデコブシ分布図
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坂本のハナノキ自生地(岐阜県中津川市) -1920年(大正9年)7月17日指定

ハナノキの画像(借用画像)




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13:04

ミツ家の一里塚跡  約4粁を57分で歩いてきたのか・・・

疲れた


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13:05  こんなに交通量の少ないところに地下道がある。税金の無駄遣

いだろ。それとも以前に子供の死亡事故があったのかな・・・

それにしても無駄な施設だ。横断歩道と信号機で充分だろ


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13:15  地図

この橋を渡ると旧茄子(なすび)川村




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独立峰 笠置山 1128m






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なすびデザイン?

調べたが解らなかった




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「尾州白木改番所跡」があった。

番所は今までにも幾度となく通り過ぎてきたが、

尾張藩は木曽からの木材の流出にはことのほ

                 か厳しかった。その名残が窺える石碑でもあった

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地図

茄子川小休所

ここ篠原家は中山道の休泊施設として本陣や脇本陣と同様の役割を果たし


DSCF8964てきた。

和宮や明治天皇が休憩した部屋などが当時のまま保存されている。





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13:27  地図

篠原家すぐ脇には、遠州秋葉山へ通じる秋葉道が分実がある。

秋葉山本宮秋葉神社(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ)は、静岡県浜松市天竜区春野町領家の赤石山脈の南端に位置する、標高866mの秋葉山の山頂付近にある神社。日本全国に存在する秋葉神社、秋葉大権現および秋葉寺の殆どについて、その事実上の起源となった神社である。

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山の頂から噴煙が見える?あれって御嶽山だよね

ここ近郊で活火山は御嶽しかない。

何でこの地で見られるの


木曽路を通過中に御嶽は2ヶ所(鳥居峠・道の駅木曽福島付近)しか見られないほど貴重な場所。

実は鳥居峠では見ることが出来なかったが道の駅周辺ではしっかり崇拝できた

まさか美濃国に入ってから御嶽山が崇拝できるとは思わなかった

このアトラクションは疲れ切った拙者の気力体力にエネルギーを与えてくれた

数歩歩いてはまだ見えるで結構楽しく徘徊が出来たのは言うまでもない

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茄子川焼?  13:40

茄子川焼きは天正6年・・・・・・カット




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13:42  中津川市にお別れだ いよいよ恵那市大井宿

左側の石には大きく『中山道』と刻まれていた

大井宿までは約一里 もう一踏ん張りだ


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マンホール蓋考察

恵那市製作
 
歌川広重の浮世絵、大井宿の描写。


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地図






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マンホール蓋考察

旧恵那市時代のマンホール

中央に恵那市の市章をあしらえ周囲には旧恵那市の花・ベニドウダンを


DSCF8973配した図柄。現在の市花は、 ササユリ。

ここは甚平坂頂上  地図

ここからは御嶽山と恵那山がよく見える



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14:00






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14:12  地図

中央道を越えてどんどん進んでいこう




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14:14  地図

高速を越えて菅原神社前の階段を下っていく。

この先から大井宿場となっていく


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この坂は寺坂と言い坂の途中には「上宿石仏群」がある。

ここは大井宿を眼下に見られる高台で、宿民は宿場内への疫病や悪人

の防御の為、ここに多くの石仏を建てたのであった。


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坂を下ったら鉄道?のガード

高さがとても低くびっくり。調べてみれば明智鉄道という第3セクター鉄道で

あった


HP内に面白い記事があった

あなたも運転士を体験してみませんか?



【開催概要】
■実施日
平成26年
 4月19日(土) 
5月3日・17日(土)
 6月7日・21日(土)
 7月5日・19日(土)
 8月2日・16日(土)
 12月6日・20日(土)

平成27年
 2月7日(土)・21日(土)
 3月7日(土)・21日(土)

■料金
 初回 6,000円(昼食付)
 2回目以降参加の方 5,000円(昼食なし)

■開催時間
 10:30~15:30

■開催場所
 明知鉄道 明智駅側線

■内容
 (1)事前講習 安全綱領、車両の構造、運転取扱説明
 (2)昼食
 (3)検修庫見学
 (4)出区点検
 (5)指導運転士による見本運転
 (6)指導運転士がついての体験運転
  ※2回目以降参加の方は事前講習免除で午後からになります。


■使用車両
 アケチ14号(車両の都合により変更になる場合があります。)


【応募方法】
■応募資格
 中学生以上の方(未成年の方は親権者の同意書が必要です。)

■申込方法
 実施日の14日前までに往復はがきにて下記までお申込みください 
  申込先:〒509-7705 恵那市明智町469-4
      明知鉄道株式会社・ 気動車体験運転係
  記載内容:住所・氏名・TEL・年齢・希望日第3希望まで
       2回目以降参加の方は前回参加日をご記入ください

【注意事項】
■定員を超えた場合は抽選にて決定いたします
■お電話、メールでの受付はいたしません
■記入もれ、往復はがき以外のはがきのご使用等は抽選の対象となりません
■抽選の結果に関して電話での回答はいたしませんのでご了承下さい
■参加者が10名以下の場合は中止する場合がございます
 中止の場合は7日前までに当社より連絡致します

【問合せ】
 〒509-7705
 岐阜県恵那市明智町469-4 明知鉄道「気動車体験運転」係
 TEL 0573-54-4101
 

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14:17  地図

五妙坂途中にある高札場(復元) 




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14:18

ここは枡形路

ここを曲がると本陣がある


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14:20

大井宿本陣跡に到着

日本橋から数えて中山道46番目の宿場

残念ながら建物は、昭和22年の火災で焼失したが、江戸時代から「本陣門」は焼失を免れた。

いやー中津川からここまでが長かったし辛かった

歩いていこう旧中山道五十六次 落合宿→中津川宿

2014.11.22

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今回の旅で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

このままならまだまだ歩けそうだ

でも残り2日間無事歩き終えて初めて完結する

更に落合宿に到着したが 木曽谷を越え美濃国に入りイメージでは平穏な道が続くと思われそうだ

が予想に反しアップダウンの繰り返しにまたしても 何でこんなコースを選んで歩くの???

もっと楽なコースがあるんじゃないの

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9:29  本陣跡斜向かいに『大釜』が置いてあった

『落合宿助け合い大釜』とよばれ以前は天草を煮る際に使った物を現在は

各種イベントに多用しているそうだ

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中山道落合宿まつりを開催します

(2010年10月28日 11:24 | カテゴリ:)

 平成22年10月31日に、落合宿本陣付近の中山道を会場にして、『中山道落合宿まつり』を開催します。
歴史的な景観を残す中山道。ウオーキングの途中に落合宿で ちょっと休憩してみませんか。

日時  平成22年10月31日(日) 午前9時から12時頃
場所  落合宿本陣付近
主催  中山道落合宿まつり実行委員会
概要  ・地元の太鼓、民踊
     ・十三人の刺客仮装行列
     ・風流おどり
     ・石場餅つき
     ・地元小学生による紙芝居(医王寺境内)
     ・落合宿の助け合い大釜『千人きのこ汁』や 石場搗き『搗きたてきな粉餅』などのおもてなし
     ・地元有志による焼きたて五平餅、栗おこわ、手づくりの手芸品などの販売

※長野県と岐阜県の旧県境から落合宿までの歴史的景観が残っている約2.5kmと、交通にかかわる遺跡として「新茶屋の一里塚」、「落合宿本陣」、「落合宿の常夜灯」が、国の史跡指定を受けました。
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先ほども江戸側から入ると枡形道がありましたが、こちらも京側の枡形道

であったが今は真っ直ぐ道が延びていた

地図  10:31



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R19沿いにあるイラスト 地図  10:35






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マンホール蓋考察

中津川市製作
 
「おいでん祭り」で踊られる「風流おどり」と市の花・サラサドウダンが描か

                れている。

おいでん祭(おいでんさい)とは岐阜県中津川市で毎年8月12日・13日に行われる夏祭りである

夏の中津川においでんさい!

中津川夏まつり「おいでん祭」  [岐阜県の花火大会]写真
“静”から“動”へ。 風流おどり

==花火打ち上げ:8月12日(おいでん祭は13日まで)==

 

 中津川の夏まつり「おいでん祭」。

 

12日は特大スターマインをはじめとする約1,700発が夜空を彩る「納涼花火大会」。13日は3メートルもある旗竿を背に、大きな太鼓と抱えた男衆と、編笠と浴衣姿の女衆が約400年前の絵図を再現した一番の見物の“風流おどり”がある「本祭り」が開催される2日間の夏祭りです。 

その他にも、太鼓や創作みこしが中津川のまちを暑く盛り上げます。

 

ぜひ、中津川へおいでんさい!!

 

中津川夏まつり「おいでん祭」  [岐阜県の花火大会]その他写真1 中津川夏まつり「おいでん祭」  [岐阜県の花火大会]その他写真2 中津川夏まつり「おいでん祭」  [岐阜県の花火大会]その他写真3
DATA
開催期間2014/8/12(火)~8/13(水)
開催時間12日 19:30~20:45
13日 17:05~20:50
会場名12日 中津川河畔桃山付近
13日 中津市街地
住所〒508-0032
岐阜県中津川市栄町1番1号
電話番号0573-66-1111  (中津川市観光課)
アクセスJR中央線中津川駅下車すぐ
中央自動車道中津川ICより車で約10分
ホームページ詳細はこちら


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小高い丘(与坂)を越えたと思ったらこの下り坂。尋常じゃない勾配に膝も

笑い出しそれと反対に拙者の顔は苦痛で般若になっていた。(拙者はこれ

でも男だった)


本当に昔の人は、『急がば回れ』と言う諺知らなかったのかな

この頃になると独りでブツブツ独り言が多くなってきた

何でこんなルートを辿るんだ もっと楽な道あるだろう  関所がある訳でも無いのにと・・・

DSCF8910心中に鬱積した憤懣で爆発したくもなるほどのダウンヒル道

すると休憩所が現れた  地図

日頃滅多に足を止めることはないのだが、さすがに休足タイム



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落葉してはいるが貫禄ある容姿が圧巻。桜を纏った姿は威風堂々と

誇らしいことだろう

ここは地蔵堂のしだれ桜  11:05  地図


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しだれ桜の袂にはかつて地蔵堂があったと伝え

れる所。現在は、「小野の地蔵堂石仏群」と言わ

れている。


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誠に嫌になってくるアップダウンの道

また上り坂か・・・この道の傍らに何か面白い施設があるみたい・・・で寄り道




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何だろうこの放水路みたいな施設  地図

第一用水上金水力発電所

小電力発電所って馬籠宿内にもあったな



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再び旧街道に戻り 徘徊を再開した

R19号線の拡幅工事でのお陰で旧中山道は分断されていたがそんな中で

も国交省は地下道を作ってくれていた


DSCF8918この絵図は地下道の中にありました  地図

道祖神があった。心和ませる姿に旅の疲れが癒やされる

地図  11:17



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11:22  地図

尾州白木改番所  山茶花ってこんなに大木に育つんだ へぇ~~




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11:25  旭が丘公園内も紅葉が今を盛り色付いている

一気に茶屋坂を下り降りる旧街道。ここを降りきるといよいよ中川宿

入り口だ


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11:28  地図

その坂を下ったところに「高札場」が復元されていた。

道路開発のため往時の位置より南寄りに設置され、傍らには常夜灯な

                ども集められている。
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11:31  立派な倉庫があるのは土佐屋 磯村商店

この画像の倉庫は今貸倉庫として募集掛けていた

地図


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新町交差点

ここの手前には 旧街道沿いに大きなパチンコ店が作られていたのが残念

でならない。今更この中津川市では、往時の面影が少なくなっているが、で

も旧街道に面した住居や店舗の新築には規制を掛けて欲しかった。

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銃砲・火薬 ツタカン店  地図

猟銃などを専門に取り扱う店だがこうして店頭に立つのは初めて。その先の

一歩が踏み出せず店内には入れなかった


近年猪の増えすぎて作物に留まらず人的被害が急増しているが、もし作物連鎖が崩れているならば

ある程度淘汰しなければならないが殺傷だけが解決道だろうか


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宿場内を通る旧街道の往時の面影が色濃く残る?は道幅だけだったが、

意外と道幅は残っている方が珍しいことかも知れない




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11:38  地図

 煉瓦門柱は何?

東濃地方で名をあげた豪商「間家大正の蔵」である。市の有形文化財。


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11:38  地図

間家大正の蔵の斜向かいに冠木門。

奥を覗けばなまこ壁の土蔵が見え、門を潜ると江戸時代の街並み復元さ


DSCF8928れている。ここは「往来庭」と名付けられた休憩施設であった。

最奥の蔵は公衆トイレとなっており近づいてみれば招き猫が何かを唱えな

がら出現。何を唱えているかは判明できないが、御利益がありそう???

招き猫の下には、「石や物を投げないで下さい。」という張り紙があり・・・と

いうことは、投げられたことがあるんだな!  良い子のみんなはそんなことしちゃあダメですよ。


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11:43  中津川宿脇本陣跡  地図






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11:44  中山道歴史資料館  地図

旧脇本陣跡地でもあり,NTT西日本中津川ビルを借用して古文書などの貴

重な資料を展示している。


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11:46  中津川宿本陣跡に到着  地図

中山道歴史資料館斜向かいに位置するが現在は駐車場となっていた

日本橋から数えて中山道45番目の宿場町




歩いていこう旧中山道五十六次 馬籠宿→落合宿

2014.11.22

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今回の旅で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

このままならまだまだ歩けそうだ

でも残り2日間無事歩き終えて初めて完結する

慎重に歩るかなくても無事馬籠宿本陣にたどり着いてしまった

馬籠宿も残り半分 それを歩き終えると木曽11宿を終えてしまう  ああ 寂しくなっちゃうな

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ある店舗の暖簾に 『木』偏を使った漢字が染め抜かれていた

拙者はいくつ読めるかな

全16文字 左からいってみよう


①椋=ムクノキ 読めたか×  木の種類×  小椋佳で知っていたが実在は解らなかった

②榀=シナ  読めたか◯  木の種類×  割り箸に使われる木としては知っているが・・・  

③梻=シキミ 読めたか×  木の種類×  木蓮科の常緑木 仏事に用いるため寺院に植栽される。

④楢=ナラ 読めたか◯  木の種類◯ コナラやクヌギが仲間=カブトムシやクワガタが集まる木 

⑤槇=マキ 読めたか◯  木の種類◯  千葉県の県木だよ

⑥栃=トチ 読めたか◯  木の種類◯  栃の実が食用になる。鳥居峠に群生地があった

⑦栓=ハリギリ  読めたか×  木の種類×  

⑧欅=ケヤキ  読めたか◯  木の種類◯  街路樹でよく見かける

⑨檜=ヒノキ  読めたか◯  木の種類◯ 

⑩椹=サワラ  読めたか×  木の種類×  ヒノキと区別が付かない。サワラという漢字だったか



⑫栂=つが  読めたか◯  木の種類×  もみの木と区別が付かない

⑬槐=エンジュ  読めたか×  木の種類×  全く解らん

⑭樿=ツゲ  読めたか×  木の種類×   将棋の駒などに使われた堅い木

⑮榧=カヤ  読めたか×  木の種類×  土俵の中に実を埋めるがやっぱり解らん

⑯机=つくえ  読めたか◯  木の種類というより製品だろ

⑪は、全く解らない

漢字自体少しは読めるが、木の種類はと言えば全く駄目であった

本当に教養のなさが感じられる 恥ずかしい限りである

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おやきが売っていた。おやきを食べないうちに木曽(長野県)を終えてし

まう。ここで食べないと後悔するで一休み。

やっぱりおやきの具材で一番人気は野沢菜らしいで一つください

                道中おやきさん

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ここのおやきは蒸し料理だったが、果たして灰の中に入れたおやきをすん

なり食べることが出来るだろうか。




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現代風にアレンジされたおやきは肉まんのようだっ

たが、美味しかった

ここのご主人 南木曽駅近くに設置してあるSLそば

                                に工場があるそうだ
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昨日は凄く寒かったらしい。今日は暖かくて街道歩きには良かったねと言われ

た。3寒2温?で寒い寒い冬になっていくのだろう




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緩やかな下り坂が延々と続く馬籠宿 

人影が途絶えるとやっぱり風情があっていいね




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清水屋資料館  地図

島崎藤村の作品に度々出てくる家でもある

宿場役人を務めた原家。


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京側にも枡形道があった。そこには水車を利用した発電施設が作られている

この施設は『中津川小水力発電基本構想』から生まれたもの  地図

策定の背景

DSCF8881 市では環境先進都市を目指すべく地球温暖化対策のひとつとして市内

の豊富な水資源を活用した小水力発電の設置を推進する目的で「中津

川市小水力発電基本構想」を策定しました。



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中山道中津川三宿街道祭り

一つの祭りでは無く 三宿独自で行われる祭りの紹介であった




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その中でここ馬籠宿のお祭りを紹介いたします

 皇女和宮降嫁行列
日時11月 9日 (日), 13:30 ~ 15:15
場所馬籠宿通り (地図)
説明中高生をはじめ地域の方々により、「皇女和宮降嫁行列」の再現を

行います。馬籠宿の坂を練り歩きます。

紅葉のライトアップもあります

当初馬籠宿に着いた第一印象は『観光地化』された宿場町。調べてみると大正時代の大火で全焼し

そこから復元した宿場であった。



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9:29  あっという間に馬籠宿も駆け抜け(徒歩)てしまった  地図

宿場京側出口に『日本料理萩乃屋』があり 駐車場に宿場名を書いた楯を置

いていた。旬の厳選された素材が出てきそうなお店


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マンホール蓋考察

旧長野県山口村 (現岐阜県中津川市)

・村の木・椿  村の花・紫躑躅がデザインされている。


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するととある民家の表札に以前の住所が表記されていた

長野県木曽郡山口村・・・2005年に越県合併編入で岐阜県になった山口

村の証がここに残っていた


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これもとある民家の車庫??の中にあった籠  地図

車が駐車してあったら見えなくなってしまう展示物

『馬籠の言われ』の案内板は為になった


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木曽谷には水田が無かったがここまで来ると水田があり 田舎の田園風景

があった。木曽の人たちは伊那谷から米を買っていた伊那節に謳われてい




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ふと空を見上げれば こんなに空が広いところに来たのは久しかった

『本当の空を見たい・・・』は、高村光太郎の智恵子抄。あの舞台は福島県

二本松市。ここじゃないぞ


でも 視界を遮る建造物がなく雄大な北海道大地を感じさせる風景にうっとり

地元の人は、この風景をもっと自慢してもいいのに

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9:53  民宿新茶屋






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その先に『是より北 木曽路』の石碑があるが、北側入り口の『是より南木曽

路』
と比較すると物寂しいと感じるのは拙者だけじゃないはず

木曽路11宿・22里余の旅もここで終わりとなった。


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この先石畳が現れた。ここの石畳は平石を敷き詰め

てあり歩きやすかったが現存していたのは1割程度で

残りは観光資源目的で再現されたものだった


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新茶屋あたりから中山道を示す目印が出来ていた。

アスファルトの黄色い石が埋め込まれ この通りに歩けば道に迷うことはな

かった。


これは東海道の亀山宿でも見られ良いアイデアだと思う

お陰で長い間 ipadを見ないでも歩け大助かり

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それにしても起伏が激しい。馬籠宿から一気の下り坂を転げ落ちるように

歩いてきたと思ったら落合川を堺に今度は上り坂。

ここを越えれば落合宿は間近だ もう一踏ん張りだ

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マンホール蓋考察

中津川市落合地区のマンホール。公募によって選ばれた作品。中央には

中山道・落合の石畳、その周りを自然豊かなこの地に生息する生物をあし

                らった。
 
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市の花・サラサドウダンのオンリーデザイン。

さてサラサドウダンって何?

ツツジ科ドウダンツツジ属の落葉低木。別名、フウリンツツジ。


DSCF880201花期は5-6月。枝先に長さ2-3cmの総状花序をつけ、10個ほどの花が1-2cmの花柄の先端に下垂してつく。萼は鐘形で深く5裂する。花冠は長さ8-10mmあり、鐘形で先端は浅く5裂する。花冠の色は、先端が淡紅色になり下部は黄白色で紅色の縦条が入る。雄蕊は10本ある。果実は蒴果で上向きにつく。




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10:26

LABORATORY(実験室という意味だが)

クラフトショップ屋さんらしいが店先の大量の薪が気になった

                詳しく紹介されていたブログ発見 ここを見て

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10:28

落合宿本陣跡に到着

日本橋から数えて中山道44番目の宿場

現在も井口家が代々守り抜いている

ここには皇女和宮や明治天皇も御小休みした上段の間などが当時のまま残されているという

が、今も住居中であることから一般公開はされていない。








歩いていこう旧中山道五十六次 妻籠宿→馬籠宿

2014.11.22

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今回の旅で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

このままならまだまだ歩けそうだ

でも残り2日間無事歩き終えて初めて完結する

慎重に慎重に歩を進め無事妻籠宿本陣にたどり着いた

DSCF8830
郵便局も街並みに合わせた建物にしているネ。当たり前か

ここで鉄筋造りだったら怒るよね

地図


でも凄いね 今まで火災などの損失を免れこれほどの建造物が今でも残っていることは、確かに

文明の開発から取り残され改築するにも資金が無かった性もあるがいち早く地域を挙げて景観保

全活動に取り組んだことが評価され、1976年、国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定

地の一つに選ばれていた。住民パワーの証だね。
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宿場内枡形の地

地図




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往時を偲ばせる街並み うっとり

この光景を朝靄の中か、真綿の雪に覆われた真冬、また夕暮れ症候群

になったつもりでもいい、昔 住んでいた我が家に帰りたい気持ちを抱き


DSCF8833ながら再びこの地へ訪れてみたいね

早朝の宿場はいいね

恐らく日中には雑踏のかなでかき消される静寂の時。この一瞬がいいね

ここに来るならこのような時間や夕暮れ時か はたまた丑三つ時がお勧め

かな。日中では都会の喧騒の中にいるのと同じだよ

DSCF8835DSCF8836
ここは、有形文化財に指定されている上嵯峨屋

さん。  地図

江戸中期頃の建物を解体復元したもの。

                                旅籠は旅籠でも低身分の宿 木賃宿であったそう

だ。木賃宿では、雑魚寝で就寝したそうです。

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建物内に馬小屋があり もしかすると人様よりも馬のことを大事に扱ってい

たかもしれない

往時の宿場はここら辺で終わっていた



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街外れに重厚な建物があり ここは、妻籠発電所です  7:17  地図

アールデコ調の設計で、妻籠宿の景観に合わせた、黒塀に囲まれた建築物

アールデコは西洋流の建築様式で、直線を基調とした設計です。


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暫し歩を進めると『いんきょ』なる店があり、その軒下には 藁馬が展示さ

れていた。お店では販売はもちろん製作教室も行われていた

7:19  地図


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国道に出たら横断し更に進む

7:22 地図




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横断すると旧街道は人道専用道となっていたと言うより 開発の手が唯々

伸びなかっただけ。これこそが中山道源道です、でも紅葉が綺麗でしょ




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大綱橋を渡ると標識にしたがって右折すると中山道源道の草道が現れる

いよいよ 妻籠峠なのかな 覚悟を決め歩を進める

7:27

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源道も長くは続かなかった。すると集落が現れた。そうここは間の宿 大妻

籠宿。ここにも宿泊施設があり通りかかったら宿泊者が2階から拙者のこと

を見ていた  7:34


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民宿軒下に籠が取り付けられていたが、どう考えても楽とは言えない乗り・

座り心地。自らの足で歩いた方が楽だし景色を楽しめるはずだ




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この先石畳道があるらしい  地図  7:41

石畳は意外と歩きにくくて好きじゃ無い。やっぱりアスファルト道がいいね・・・

って言ったら馬鹿かおまえはと言われそう  何のため中山道歩いているんだ

はて 何のためだったかな

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7:43  さすがにこの時間ではすれ違う人もいない

恐怖のあまり“わぁ~”と奇声を発するが藪の中で動く気配

は感じられなかったのは、獣がいなくて安心する反面 鹿などの動物を見られない寂しさもあった

どうも 木曽山中では今まで何度となくこの行為をしてきたが 和田峠のようなことは起きなかった

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熊除けの鈴が設置してあったが、反対にこんなのを見てしまうと 熊出没が

現実味を帯びると不安が増した

この先の耕作地ではそばを育てているそうだ  7:45


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2個目の熊除けの鈴  7:54

それにしても立て続けにあるってことは やっぱり出るのかな

森のクマさん  ♬あるひ森の中クマさんにであった~♬


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8:04  地図

男垂川沿いの県道を右折すると木橋があり 再び山中へ入っていく



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峠入り口  8:08  地図

ここからが本当の山道であった

でも この中山道歩き ひたすら山の中 ひたすら住宅地あるき どちらが

辛いと言えば 山中の方が辛いかな

空気が澄んでいるんだが、意外と山中は勾配がつきまとうし 木立の中では視界不良。

大幹線道路は、最も辛いが、住宅地は家並み、庭先など意外と変化に富み楽しいもんだ

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暫し 川のせせらぎを聞きながらの山道も意外にいいもんだと楽しむも 熊など

の注意意識は離れなかった。すると サワラの大樹が現れた。

え?サワラの木って何だ

サワラと言えば 魚の鰆なら知っているが 樹木のサワラ?

よくよく観察すると檜の木に似ている

サワラは、ヒノキ科ヒノキ属の針葉樹。

ヒノキ科ヒノキ属、日本を代表する林業用樹種であるヒノキとは同属。

樹高は通常30〜40 m、大きいものでは約50 mになる。主幹形であり外見はヒノキによく似るが、

枝はヒノキほど茂らず、枝と枝の間隔が広くなるため、遠くからでも幹がよく目立つ。ヒノキのよう

に鱗片状の小さな葉がつくが、1枚1枚の先端が尖っているため、ヒノキとの区別は容易である。

ヒノキよりも成長が早いが、木材は柔らかいためヒノキのように柱などとしてはあまり用いられな

い。水湿に強く、ヒノキや
アスナロのような臭いがないので、飯櫃柄杓などによく用いられ

る。
木曽五木の1つである。殺菌作用があるため、松茸など食品の下の敷物としても使われる。


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一石栃白木改番所跡

8:21

木曽から移出される木材を取り締まるために設けた番所。


DSCF8852小枝に至るまで許可を示す焼印があるか調べるほど厳重であった。

この先何度となく番所跡に出会すほど 木曽の木材は宝物であった





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見てみて このピンクの絨毯? 思わず寝転んでみたくなるほどふかふかの

落ち葉群。落ち葉の中は暖かいんだろうな




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8:34  馬籠峠に到着

妻籠宿から1時間半 うわぁ~きつかった。

地図


DSCF8855
そしてここは県境でもあったが、調べると、長野県山口村は平成17年2月に

越県合併で岐阜県中津川市に編入していた。

しかしながら馬籠と言ったら信州長野ですね。でも現在は岐阜県美濃国にな

っていました

でも信州木曽海道の旅はまだ続くのであった。



山口村(やまぐちむら)は、長野県南西部にあった木曽郡の村である。島崎藤村の出生地である馬籠

宿で有名である。


2005年(平成17年)2月13日、岐阜県中津川市などと県を超えた合併をした。この越県合併は1959

年(昭和34年)1月1日に栃木県足利郡菱村が群馬県桐生市
へ編入されて以来46年ぶりのことである。

BlogPaint
8:37  地図

旧街道を右に逸れると木曽11宿最後の宿 馬籠宿はもう近い

もうそんなところまで来ていたんだな


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8:41  間の宿 峠集落があらわれた

宝暦の大火で全焼したが、その後復興を果たし現在まで大火が無かったた

め往時の姿を留める古民家が多く建ち残る


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街道脇で 干し芋を販売する老婆がいたが『一つ買うてって・・・』の言葉に

返事が出なかった。サツマイモとカボチャは、食べられるが敢えて自分から

お金を出しては絶対にしない行為であったが見事な仕事さばきに感心した


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“ご免ね 先を急いでいる”でさよならしてしまった

恐らくひとり暮らしの今 この100円の収入は年金+生活費の糧になってい

たのだろう。本当にサツマイモで無ければ購入していたのに・・・御免なさい


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時折日が差すがまだまだ 木曽路は山の中である・・・

この頃になるとハイカーと出会すことが多くなる。

8:52  馬籠宿に1泊され朝食を済ませたのだろう。頃合いがそういった感

                じだ

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8:56  ここからが本格的な日の出だ。

暖かい 山陰ばかりを歩いてきたから尚更有難味が解る。恐らく木曽谷の

方々もそう思いながら住んでいることだろう


確かに これからUVカットクリームを塗るが日照時間の少ないこの地方では何よりのご馳走に等し

いね

天照大神 ありがとうございます

またこんな天照大神の伝承が存在する。
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  • 木曽山脈の恵那山には天照大神誕生の際に、胞衣(えな)が埋設されたと
  • いう伝承が残る

←恵那山


DSCF8863
9:05  馬籠宿に到着

一気に観光客が増えた。

確かに往時の建物が多く残る歴史的建造物群だが、うがった見方で見れば


DSCF8864観光目的で作られた街並みにも見えてしまうほど 『観光地化』した街並み

だった。

もしかしたらこの時間妻籠宿、奈良井宿も同じようになっているかも知れな

いが もう少し静かに宿場内を散策したいと思った拙者であった

DSCF8865
ネコと言う防寒着。本来は南木曽町で普及していったものだがここ馬籠宿で

も売っていたのはあくまで観光客目当てものかな

そうだとしたらちょっぴり寂しいな。でも行脚中着ている方を一度も見なかった

                のは、ちょっと残念

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三度笠が売られていたが、股旅ものなどの時代劇で渡世人が被っている印象

が強いが、拙者は四国八十八ヶ所とガッツ石松の印象が強い

もとは江戸、京都、大坂の三ヶ所を毎月三度ずつ往復していた飛脚(定飛脚)


DSCF8867のことを三度飛脚と呼び、彼らが身に着けていたことからその名がついた


土産に欲しいアイテムだが、購入はしなかった





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9:09  馬籠宿脇本陣跡  現在は資料館となっていたが見学はしなかった

地図 




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この館エントランス通路に木曽の五木が植えてありこっちの方が関心があった

ひのき、さわら、コウヤマキ、あすなろ、ねずこの五種だが拙者には一目見たと

ころでどれがどの木なのか判別が全く付かない


唯一判別できそうなのはヒノキくらいかな

こうやまさ、あすなろ、ねずこって何

コウヤマキとは 水に強くて朽ちにくいことから、現在でも湯船材や橋梁材として重宝されている。

和名は、高野山真言宗の総本山である高野山に多く生えていることに由来する。また、高野山では霊木

とされる。

2006年(平成18年)9月6日に誕生した秋篠宮家の悠仁親王のお印でもある。


あすなろとは 日本各地で植林されているが青森県では青森ヒバと呼ばれている木。

この木も 水に強くて朽ちにくいことから、現在でも湯船材などに多く使われている。そういえば青森の

蔦温泉の湯船では そうヒバ作りの湯でもありそれは荘厳な湯に感銘を受けた。

他にも酸ヶ湯温泉玉川温泉などのヒバの木を使い浴室を作っていた


最後はねずこ 正式名をクロベと言う

つまり木曽の五木はヒノキ科の木が4種もあり 特徴として 耐久性 耐湿耐水性に優れ建築材、造船

材に重宝された

各所に木材流出を見張る番屋が置かれたのも 貴重な木と知った尾張藩のお陰で今の美しい山並みが

存在している

古くより木曽の山は建築材として貴重な木材を数多く産出していたが、関ヶ原の戦い後の江戸時代の初期、城郭・城下町・武家屋敷・造船などの建設によって森林の伐採が進み、山々は荒廃してしまった。そこで、木曽の山を管理していた尾張藩により森林の保護政策が行われ、ヒノキの伐採が禁止された。後に、誤伐採を防ぐため、似たアスナロ、サワラと、重要なコウヤマキの伐採が禁止され、さらにネズコが追加された。「木一本、首一つ」ともいわれるほどの厳しい政策の「留山制度」がとられた。その際伐採が禁止され、保護された五種類の樹木を木曽五木という。しかし、厳しい保護政策にも関わらず山の荒廃は止まらず、さらに尾張藩はクリマツカラマツケヤキトチカツラにも保護指定をし、伐採禁止の地域や樹種を拡大させることによって、森林の保護に努めた。その結果、美しい山を取り戻すことになった

DSCF8870
9:11  馬籠宿本陣跡に到着

尾根道を切り開き両側に石を積み上げて宅地を造成した宿場町。

だから宿場全体が勾配(ひな壇)の中に家を建ていったという独特の街造りを


している。

日本橋から数えて43番目の宿場町

この本陣は、島崎藤村の生家でもあり、今は「藤村記念館」となっている。

藤村に係わる資料の展示や、焼失を免れた祖父母の隠居所の公開などが行われている。

ただ一つ残念なことは ここ馬籠宿は現代の地理では木曽では無い。

岐阜県になっていたことかな

でも住民が決めたこと 他県民がああだこうだと言うことではないかも知れない




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