toyotaboxyのblog

せんちゃんのグルメ&秘境の湯旅行記

旧東海道53次

歩いていこう旧東海道五十三次 大津宿→三条大橋

2013.11.16

ついについにこの日が訪れたが、今はこの文句を書くときが来てしまった

東海道五十三次最後の宿大津宿を過ぎとうとう最後の区間三条大橋までとなってしまった。

順調にいけば、・・・いやこのままでは順調にいってしまい今日のこの日をもって 『歩いていこう旧東海道

五十三次』は完結してしまうのだ

日本橋を発つときは月ほどの距離に思えた三条大橋が、今は目と鼻の先までの位置まで来ていた

嬉しいような寂しいような複雑な思いが時々よぎりながらの区間となった

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そんな感傷旅に埋没されぬよう触覚を四方八方に張り楽しみを見い出しなが

らの道程になった



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早速見付けた 小町湯さん

町の銭湯だ でも開店は15時半と言うことならもしかしたら夕刻入浴可能かも

楽しみにしておこう  地図 

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上を京阪電鉄、下をJRが交差している地点

地図



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国道1号線 486kmポスト

マジ凄いと思う 486kmって人間が歩く距離じゃないよね

信じられないよね

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ここは最後の難所 逢坂  山城の国と近江国を分ける国境の坂でもあった

当時はもっと急坂だったため荷車を引く牛でさえ大変苦労したそうだ



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東海道と東山道(後の中山道)の2本が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。その重要性は、平安時代中期(810年)以後には、三関の一つとなっていた事からも見てとれる。なお、残り二関DSCF4782は不破関と鈴鹿関であった






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歩いていると【日本一のうなぎ かねよ】と看板が出ていてとても気になった

大津宿でうなぎを食べ損なっていたから尚更だった

時刻もちょうど正午を過ぎたばかり 決めたここでうなぎを食べよう

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ショウケースのサンプル見てピンと来た。この店以前秘密のケンミンSHOWで取

り上げられた滋賀県のお店だ。内容は『うなぎの蒲焼きに厚焼き玉子が載ってい

る・・・』内容で何時か行ってみたいと思っていたお店でもあった



全国タマゴ祭り BEST10の発表。第6位は大津市に住む滋賀県民が大好きな、うな丼に巨大卵焼きがのったきんし丼。きんし丼は逢坂山かねよなどで食べる事ができる。

 住所:滋賀県大津市大谷町23-15  地図

秘密のケンミンSHOW 2013年9月12日(木)21:00~21:54 日本テレビ


滋賀県・大津市にある、明治5年創業のうなぎ料理店。
局地的トレンド「きんし丼」が大津市で大ブレイクしているということで紹介されていた。
<紹介されていたメニュー>
・上きんし丼(1940円)

秘密のケンミンSHOW 2010年2月4日(木)21:30~22:24 日本テレビ

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ここで食事することに決定した

注文は 特上きんし丼 3300円



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出た~これがTVで見たものか

でもうなぎの方は艶がないな 大丈夫かな 昨今うなぎの稚魚しらすうなぎが全然

捕れなくてうなぎが絶滅危惧種に指定されたばかりだった

それを食べるのだからひどいもんだね

うなぎを一口 ・・・普通のうなぎかな サラサラのうなぎのたれはうなぎにかけても流れ落ちていくだけ

絶段旨いって程じゃない

厚焼き玉子も味付けはもちろん関西風のだし巻き仕上げ。関東人の拙者とすればちょいと物足りない味付け
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となっている

確かに玉子3個は異様だが もう少し白醤油と砂糖を加えた甘いタイプが好きだ

うなぎにはやっぱり錦糸玉子の方が合うと思うのは拙者だけでは無いはず

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でもきっちり完食

ご馳走様



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こんな看板あるのを後で知った。

迂闊だった 残念



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食った食った 腹が一杯になって更に元気になった

足も痛くないこのまま一気に三条大橋へまっしぐら。

実は真っ直ぐではなくこの陸橋を降りてきたところだった

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京阪電車がこの逢坂を登っていく。もっと苦労して登っていくと思ったら案外楽そ

うにス~と登って行ってしまった。低速ギアでゆっくりと思っていたから吃驚した



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旧東海道はここで国1から離れ本来の静かな東海道へ戻っていった

地図



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旧東海道はここで再び国1に分断されていた為歩道橋を渡り対岸へ移動する

地図



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とうとう京都市に入ってしまう





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今日はここ(旧東海道)三条街道でイベントが開かれていた

その名は三条街道福巡りスタンプラリーだって



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誰だろう漫才らしきものが演じられていたが面白くない

そんな訳で街道沿いにてお祭りが行われていた



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ちんどん屋も出ていたが可愛いお嬢さん達が演じるちんどん屋さんだった





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この絵は通ってきた大津宿の絵 大津絵だ





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再び旧東海道は細い路地へ入っていった

地図  先方に目をやれば急坂がこの先待ち構えているが、もしかしてあそこ通

るのかな

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不安は的中してしまった。てっきり逢坂が最後の難所とばかりと気が緩んでいたと

ころに現れた坂は予想以上に手強かった。坂を登るとこのような旧東海道の面影

漂うと言っても当時は唯々雑木林か藪の中の道で現在の開発から逃れた道ですら

DSCF4805昔に比べたら立派な道になっているのだろう。

ここでまた峠道らしい上り坂に出くわした

地図  モニュメントとして当時の荷車が展示されていた。そしてその車輪の轍は

車石と言われ皆が同じ轍を通過し深く削られていた
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舗装道路のない当時の大変さが大いに感じられる

これで雨でも降ったならば滑って危険なこと極まりない

当時を忍ぶ貴重な資料だと思いました

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一切経谷町の難所を過ぎると町は一気に京都の町並みに変わってきた

街道の街路樹も真っ赤に色付き秋真っ盛りだと言わんばかりに感じられた

特に地下鉄東西線蹴上駅周辺からこれぞ京都と思わせるほどの観光客で賑わっ

DSCF4810ていて皆動物公園を目指しているようだった

ここから三条大橋までの道には沢山の観光客に混ざって歩きとなった

久しぶりだな雑踏の中を歩くのは、今回の東海道五十三次は皆が眠りから目覚め

るころより歩き始め午後3時頃には歩くのを終えていたため人混みの中を歩いた記

憶がない。まして旧東海道は開発に免れているとことは鄙びた道となり開発された道は交通量の多い幹線道

路に変貌していた。共に人が好んで歩くような道ではなく常にひとり寂しく歩を進める道すがらでもあった
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さすが秋の京都は人気が高いことを実証出来るほどの人混みでもあった




    
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14:39 三条大橋に到着 江戸から512粁 18日間掛かってようやく成し遂げた快

挙でもあった。

今こうして思えば TV東京の『YOUは何しに日本へ』を見て外人が大阪から東京ま

で歩いている姿に拙者でも出来るのだろうかで始まった『歩いていこう旧東海道五十三次』6/22江戸日本橋を

早朝に旅立ってから週末だけを使い半年の歳月でやっと三条大橋にたどり着いた

たまたま歩いた日は曇りが多かったがそれでも大量の汗に皮膚に炎症(汗疹)が起きたほどだ

また休養日に献血しに出掛けるとヘモグロビンは規定値以下で献血が出来なかった。

係の方から“何か大汗をかきましたか?” “思い当たる節があります”と答えていた

◆歩いたことない人から東海道五十三次歩いて何か楽しいことある?と聞かれたら

 歩いていて楽しいことは何もない でも歩けて(歩いて)ほんと良かったと思っている

 これは歩いてみれば解ることなのだ 歩かなければ解らないことでもある

 上手く表現出来ないが自分の中でまた一つ『やれば出来る。 困難でさえ1歩1歩

の積み重ねがあれば克服出来ることを教わった』ような気になった

ひとりでカナダへ行ったり台湾へ行ったりもした。これでまた一つ視野が広がった

ような気がする

将来は ニューヨークへ行き現地で3ヶ月くらいアパートで暮らしてみたい

何をするという訳ではないが郷には入れば郷に従う生活を送ってみたい

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三条大橋を渡り対岸へ来てみれば 弥次喜多の像があっ

たがいくら探せど東海道五十三次の終点の碑は見つける

ことが出来なかったと言うよりそんなもの無い

のかも知れない。現代人にとってそんなの関係ないのだろう

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この三種の神器もこれが最後の写真となるだろう

長いことありがとう助かったよ

これで歩いていこう旧東海道五十三次は終えるが 道草編は

もう少し続きます

お楽しみに

最後に 東海道五十三次を歩いてほんと良かった 

歩ける体をくれた母に感謝 ありがとう

歩いていこう旧東海道五十三次 椿大神社で道草

2013.11.29

三重県伊勢市にある赤福本店にて毎月1日に月替わ
りの銘菓『朔日餅』が販売されるのでそれを目当て
に出掛けてみた。今回は2回目。初回はやっぱり1
日が日曜日だった9/1でそのときは『おはぎ』だっ
た。その為ある程度の要領は得ていたためその時刻
まで『歩いていこう旧東海道五十三次 道草編』を
することにした。確かに東海道五十三次の発展は、
大名の参勤交代という大きな役割もあったが別に
「伊勢参り」をする人出も宿場は栄えたほどだ。
伊勢参りをするため日永追分で伊勢街道と東海道
に分岐していた。11/14と11/2に桑名から四日市周
辺を通過したがそのときは伊勢国一之宮 椿大神
社(つばきおおかみやしろ)に寄り損ねていた。
その為今回是非立ち寄っていこうと計画していた。

2013.10.30  8:34
DSCF4890燃えるような紅葉最盛期の
椿大神社(つばきおおかみ
やしろ)に着いた。
地図
伊勢神宮を創建された、第

11代垂仁天皇の皇女である倭姫命。皇女の御神託に
よってこの鈴鹿山麓のふもとに猿田彦大神が奉られ
たのは、今から約2,000年前の紀元前3年のこと。伊
勢神宮が今の地に祀られた頃と時を同じくして創建
された椿大神社は、日本最古の神社の一つとされて
います。天孫降臨の際に地上で出迎え、高千穂まで
ご案内したという猿田彦大神を主神としてお祀り、
全国の猿田彦神社の総本社。自らの人生を切り開い
ていく
というパワフルなご利益をいただけるのがこ
の猿田彦本宮。夢や目標をしっかりと祈り、生きと
し生けるものすべてに、平安と幸福を招く
とされる
ありがたいサポートをぜひいただきたいものですね
猿田彦は、どちらかと言うと神話でも謎の神
様で、高天原から葦原の中つ国まで照らし輝く
神であったとされ、鼻長七咫、背長七尺、つま
り、鼻が126㎝、背丈が210㎝で、目が丸で、
口や尻と同じくピカピカと光っていたそうです
天狗の祖とも言われますが、すごいとしか言
いようが無い異形です。

鈴鹿山にあるこの神社は自
動車のお払いDSCF4891でも有名。
実は拙者も今納車待ちなの
だ。契約から早一月経つが
まだ納車されない、早く来
ないかな toyotaaqua。

DSCF4893早速境内へまいろう。境内
は巨木に包まれ、一歩足を
踏み入れると空気が一変し
たのがはっきり感じられる
程霊験高々な神域でもあっ

DSCF4894た。清掃を終えたばかりの
参道はやっぱり格別な思い
が体験出来る。やっぱり早
朝というのはなんて心穏や
かにしてくれるのだろう。

DSCF4895参道右手には椿岸神社があ
り、ここは恋愛運upの神社
、叔父さんには縁遠い神社
かも知れない。


DSCF4896その傍らには御百度石があ
ったが、現在も御百度石に
よる願掛けが行われている
のかな。



DSCF4897本殿に到着。既にお祓いが
始まっていた。そういえば
参道入り口に沢山の車が止
まっていたが皆ピカピカの
新車だった。

DSCF4898気魄 鉄砲柱。拙者も何度
となく突っ張りをしてきま
した。闘魂注入ならいいが
ラブ注入になっていたかな。


DSCF4899へぇ~佐渡ヶ嶽部屋親方の
奉納品だったのか!同じ下
総の国にだね。それにして
も『気魄』は、困難にくじ
けない強い意志・気性だね。

DSCF4900おみくじがあった、8体の
いずれかの縁起物が入った
お神籤も変わっているが『
椿恋みくじ』?何々恋愛成
就のお守り入りのお神籤か

DSCF4902椿岸(つばききし)神社に
移動しよう。猿田彦大神の
妻神・天之鈿女命が主祭神
として祀られており、全国
の天之鈿女命の総本宮でも

あります。 ご事績により芸道の祖神として信仰さ
れ、また鎮魂の神、夫婦円満の神、縁結びの神と
して崇敬されています。


DSCF4901神招福臼。三度突いてから
願いを唱えるらしいので拙
者も実践した、我が人生に
幸あり。


DSCF4903招福の玉。この玉を撫でな
がら「祓へ給へ、清め 給
へ、六根清浄」と3度唱え
てお祈りすると、心の中幸
せを招き念願が叶えられま

す。

DSCF4904これは扇塚で、芸人に関わ
りのある神様でもあった。





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本殿と椿岸神社との間あた
りにある、かなえ滝です。
パワーがあるとされます。
また、縁結びによいとも言
われています。最近はネッ

ト上でスマホなどの待ち受け画面にすると、恋や
願いがかなう、かなったと言う話が多数あります。

DSCF4905ここは、鈴松庵。
この茶室は庭園とともに、
松下幸之助氏が、日本の
心をこよなく愛する情か
ら、茶道の発展を祈念し

て椿大神社に寄進されたものです。鈴鹿の“鈴”と
松下幸之助翁の“松”をもって鈴松庵と命名されま
した。

DSCF4906伊勢国一之宮の椿大神社
に初めて参拝に来たが、
とても面白い神社だった。
恋愛運upを目指している
方におすすめ神社ですね。

歩いていこう旧東海道五十三次 草津宿→大津宿

2013.11.16

ついについにこの日が訪れた 順調にいけば今日のこの日をもって 『歩いていこう旧東海道五十三次』は

完結する

京都三条大橋まで30粁圏内は拙者にとって歩き慣れた距離でもあったため完歩確実性と翌日のことを考え

ないためいつもより遅めのスターで始まった
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8時少し前に順調に草津宿到着。

53番宿大津宿に向けて再び歩き始めた



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草津宿中心部は路面に着色を企て「ここは旧東海道の宿場」なんだぞとアピール

している。でもいいね ややもすると日頃の忙しさにかまけて現代人は旧東海道の

ことなんて忘れがちになる。そんな中路面が色付けされインパクトを与えれば否が

DSCF4716応でも気にするし気になる。いつの日にか旧宿場町で町を盛り上げる機運が生ま

れてくることだろう(実はそう願いたいところでもあった)




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草津交流館にあった地図

7:54  地図



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太田酒造さん  地図

太田家は江戸の初期、
道灌公の末流太田若狭守正長が越前福井藩から海道の要衝近江の草津に移り、代々関守をつとめてまいりましたが、その後この宿場で酒造りを始め、遠祖の名に因んだ清酒「道灌」は東海道や中山道を往来する人々に、これぞ天下の銘酒と賞味されてまいりDSCF4720ました。


昔の草津宿 浮世絵

ここは矢倉橋袂

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矢倉橋  地図

8:07



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矢倉 風景記憶絵  これは当時を知る大変参考になる絵だね 8:12

もちろん東海道は舗装されておらず 雨が降った際には大変だったのだろう

また 両側の商家や田畑 リアルに想像が出来る いいね

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地図

8:19  国1に出た。

ここで旧東海道は分断されていた

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今は住宅が建っているけど本来は旧東海道でもあった地

地図



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この一里塚に東屋が立っていた。中には当時の浮世絵が飾られていた





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湧き水が出ていたが飲水不可

だってでも昔の旅人は大いに

助かったことだろう 地図

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大きな池に出た 弁天池だ

池の中に浄財弁財天があった

地図  8:39

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三条大橋まで五里(約20粁) あと5時間で着くんだ

現在9時だから目標は14時だな 頑張ろう



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ここで小用がしたくなり小学校のトイレを拝借。スポ少軟式野球チームが練習し

ていた。このチーム高学年中学年低学年と三チームもあり、僅かだが練習風景

を観覧していたが、以外と強豪チームと察した  瀬田小 地図

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草津市神領付近 歩道にこれから向かう瀬田の唐橋のイラストが描かれていた

宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋・日本三古橋の一つとされる。また、日本

の道100選
にも選ばれている。

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9:47  瀬田の唐橋に到着

琵琶湖から注ぎ出る川は瀬田川しかなく、東から京都へ向かうには瀬田川か琵琶湖を渡るしかない。瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田の唐橋は京都防衛上の重要地であったことから、古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。

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唐橋からは湖岸の木々が色付いていてそれはそれは綺麗だった

これはやはり肉眼でなければ見られない光景でもあった



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もしかしたら俵藤秀郷?かな

違ったらご免なさい



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やっぱり当たっていたが大きな勘違いをしていた

橋でムカデを退治したと思い込んでいた

恥ずかしい

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橋袂にあった瀬田川の水位計

実物を見る方が感動がある。この時代にこんなアナログ式な水位計があったのか

地図

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水位計観測所から望む瀬田の唐橋

擬宝珠がある橋としても有名だ



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勢多大橋東西大綱引き』なるイベントが開かれたばかりだった

2013.10.19 あ そうか 大蛇からこの大綱引きが起源だったんだ

でもまだまだ日本に知らないことが沢山あるな  一度見に来たいね

大綱引きと言えば沖縄で行われるイベントにも行ってみたいし 静岡・長野の県境で行われる峠の国盗り綱

引き合戦
も興味がある

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歩いていると面白い店があった

屋根にある瓦そう瓦屋さんだった

なんでもこの瀬田には、瀬田唐橋の私設美術館がいくつもあるらしい。そのうち

DSCF4746の一軒がここ大田瓦店です。オーナーは、こだわりの仕事人でガチガチの男らしい。

ご自分の瓦職人としての思いを表現できればとコツコツ集めたコレクションがこれ

ららしいですです。


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鬼瓦(おにがわら)は和式建築物の棟(大棟、隅棟、降り棟など)の端などに設

置される板状の瓦の総称。略して「鬼」とも呼ばれる。厄除けと
装飾を目的とし

た役瓦の一つ。

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これは意外と面白かった

いいね!




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ローカルな駅が出現  京阪電鉄石山坂本線 唐橋前駅  地図

9:57  最初 京都に近いのになんて素朴な駅なんだろう



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駅のホーム幅も狭くそして短い この駅にどんな電車が入ってくるのか胸がときめ

いた。



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あ パトカーが走ってきたと思ったらパトカーデザインされたラッピング列車だ

このラッピング費用は警察が出しているのかな

そんなことどうでもいいことではないがやっぱり気になる

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615編成(パトロールカー(滋賀県警察本部・JA共済連滋賀県本部)、2012年4

月29日から約1年間。2013年からはAKB48の田名部生来
の写真入りとなっている。)

こんなことやっているが赤字路線で困っているらしい

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今度はレトロな写真館があり店頭にこれまたレトロなカ

メラが展示されていた。やっぱり東海道五十三次は凄い

感動した  地図

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マンホール蓋考察

・市制100年周年の大津の景観をデザインした、琵琶湖、琵琶湖大橋、ミシガン

船、ヨット、観覧車、 市の鳥・ユリカモメ、市の花・エイザンスミレ、市の木・ヤマ

ザクラ、 花火大会、レガッタ、びわ湖花噴水、犬などが描かれているがあまりにも詰め込みすぎて何を表

現したいのか解らなくなっている。欲張らずに瀬田の唐橋をメインに描けたならもっと素敵なものになって

DSCF4758いたと思う

これは波紋だけのシンプルなもの。これでは味気ない。水道局の人はセンス

無いね


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10:27 瓦ヶ浜駅  京阪膳所駅から石山寺駅間は市内電車風に市街地を縫うよ

うに路線が敷設されている。まるで路面電車だね



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かねひら餅

東海道名物の文言に惹かれ入店



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亀屋廣房  

以前にも歩いている途中で購入していた

磐田市で『粟餅』を・・・

DSCF4763歩くと言うことは、平均的な歩く距離ではない想像を超える30粁以上は体力を使う

のが当たり前 そのため甘いものが欲しくなることは必然なことかも知れない

1つください で購入


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かねひら餅は関西人の大好物わらび餅に似た商品です

甘さ控えめなきな粉と相性抜群 美味しかったです



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大津絵をあしらった時計が販売されていたが大津絵?

大津絵(おおつ-え)とは、滋賀県大津市で江戸時代初期から名産としてきた

民俗絵画で、さまざまな画題を扱っており、東海道
を旅する旅人たちの間の土

産物・護符として知られていた。中でも「藤娘」は良縁、「鬼の寒念仏」は子供の夜泣き、「雷公」は雷除け

などのご利益があると話題になっていた。
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これは滋賀県庁。滋賀県の中心地だ。滋賀県と言えば琵琶湖だが拙者に取っ

てみれば ひこにゃんかな会ってみたいな

また琵琶湖湖岸に現れる魚肉ソーセージを使ったホットドッグの移動販売者を

探し態態出掛けたこともあった。他にも長浜の黒塀や鯖そうめんも食べに行った。今となってみれば懐か

しいな。今滋賀県でしたいことは うなぎ料理を食べたい。何でもうなぎ蒲焼きに厚焼き玉子が付いている?

なる料理があるらしい。それを食べてみたいのだ
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料理屋があったがこの店で

は今の時期うなぎは予約制

だった

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道路に線路が埋設されていた。てっきり路面電車と思

っていたら京阪京津(けいしん)線だった



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するとそこに電車が走ってきた。この姿だけ見ればまさに路面電車だ。

それにしても凄い勾配の中を登っていく姿に圧巻された



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電車に見とれていたら凄い看板に出くわした

大津宿本陣跡だった  11:40  

とうとう53番目の宿に着いてしまった

DSCF47736/22日に日本橋を発ってから・・・泪 5ヶ月かけてやってきてしまった

残るは三条大橋だけだ

そう思うと急に寂しさが立ちこめるから不思議だ

残り4里ほどかな 一歩一歩思い出をかみしめながら歩いていこう



歩いていこう旧東海道五十三次 桑名宿→四日市宿

2013.10.13

10月になり待ちに待った3連休 またしても『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け2日目が始まっていた
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宮宿 七里渡しから熱田神宮に寄り道し自家用車を取りに新安城まで戻る

その後運転してここ桑名の七里渡しまで今着いた

約3時間の休足で足は随分復活することができた

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本日既に7時間くらい歩いていたのでこのまま終えてもいいのだがまだ余力が残っ

ている。もう少し歩けるとこまで行ってみようで再び徘徊再開

桑名の七里渡し 地図

この鳥居 伊勢神宮内宮入り口にある宇治橋外側(俗界)にある鳥居を移築する

内宮に参拝する際は確認しておこう

内側の鳥居は関宿入り口にある東追分にある鳥居です

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これが宇治橋外側にある鳥居

撮影は2013.12.01 6:32

冬至の前後1ヶ月間だけ鳥居の中から日の出が見られる


本望なら旧東海道に皆が関心があって週末ごとに散策等で沢山の人出が出る

宮宿からここ桑名間を週末のみだが船が運航されている・・・のが理想で今回の東海道踏破も船による移動

が出来たなら最高だったが現実は東海道のことなんかほとんどの人が目もくれない有様

温故知新と言う言葉を日本人は忘れてしまったのか

故きを温ねて新しきを知る だ

でもこのことはほぼ人間に限る話だね 東海道を辿っても新しいことを知ることはないね

ipadを使っている拙者には故きを温ねて新しい物を使うかな

冗談はこのくらいにして本業に戻ろう
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きれいに護岸整備されて恐らく当時の面影は残っていない

それもそうだね度かなる水害防止のため護岸整備は仕方ないか


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水門先に見覚えのあるクレーン? あ ここ昨年12月にイルミネーション見に来た

なばなの里だった

あのイルミネーションは凄かったが人出も凄かった

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この鳥居の前を左折。そこが東海道だった

15:37



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歌行燈辺りが元本陣があった場所  地図

約3時間休んだ足は意外にも調子がいい。こんなに単純だったのか拙者の足はと

自分でも感心してしまうほどだった

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人気がない街道。ここの宿場の乗船待ちに人で賑わったのだろう

特に時化の日には足止めされさぞ賑わったのだろう。調べてみればこの通りだった

江戸時代後期の調査では、本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠屋120軒を擁し、家数2,544軒、人口8,848人(男4,390人、女4,458人)であったと記録されている。東海道では旅籠屋数DSCF4302で宮宿に次ぐ2番目の規模を誇った。

桑名城城壁




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その傍らに『歴史を語る公園』があった

東海道五十三次の江戸から桑名までを表していたが富士山だけしかなかった気もする

地図


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石取会館(いしどり)  地図

石取祭を紹介している施設です。館内展示の漆仕上げの祭車は、江戸時代末期の作で、当時の技術の粋を集めたものです。

石取祭(いしとりまつり、いしどりまつり)は三重県桑名市で行われる祭で、重要無形民DSCF4307俗文化財。石採祭と表記されることもある。30数台の祭車が、鉦や太鼓を一斉に打ち鳴らして練り歩く勇壮豪快な様から、「日本一やかましい祭り」、「天下の奇祭」と呼ばれる。

いやー知らなかったなそんな祭りがあるなんて・・・

毎年8月の第一土日に開催していたなんてほんと日本には色々な祭りがあるもんだね

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石取祭りではない

ではこの山車はなんの祭りなの



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マンホール蓋考察

可愛いはまぐりが6個  色が付いて本当に可愛い

状態がもっとよければ最高なんだがね

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共に七里渡しが描かれている

黄色単色だがこれだけでも見栄えがこんなにも違ってくるね



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千姫折鶴祭を表し折り鶴が描かれているのだろう

徳川家康の孫娘「千姫」が幼小にして豊臣秀頼と政略結婚させられ、大阪城落城の時助け出された後、桑名藩主本多忠政の子忠刻と結婚、本多家が姫路城へ移るまでのわずかな期間桑名で幸せな日々を送ったという史実と、市の無形文化財「桑名の千羽鶴」にみる優しく美しい文化遺産を結びつけ『千姫と千羽鶴のまち・桑名』をアピールするのDSCF4314が千姫折鶴祭です。

旧東海道は変な曲がり方をしていた

ここを右折、次を左折 その先を左折して路地を迂回して左手方面へ進んでいった

凄い無駄な歩きになっていた 地図
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地図





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いもや本店  地図

わぁ^外観からしてなんか凄そうな店が出現 間口こそ狭いが奥は意外と深い

当初は芋やさんだったことから現在もそのまま名乗っているとのこと

創業70余年らしいが店内が凄い ドンキホーテを超える山積みならぬ壁から天井まで商品で埋め尽くされて

いる。

もし税務署が棚卸ししてますか・問われれば そんなこと出来るような環境ではない

ホームセンターの小さなネジを一個ずつ数えるのに匹敵するくらいの数が店内に陳列されている

でも恐らく陳列されているほとんどの物が買い手は居ないことだろう

なぜなら 古くなってしまったまま陳列されているからだ

でもよくよく調べれば年代物の未使用品が見つかるかも知れない

セルロイドの人形、ブリキのおもちゃ、各種カードなど ここはもしかしたら宝の山かも知れないね

見学してもいいですかに“どうぞ好きなだけ見ていって”でお言葉に甘え見るだけになってしまった

今思えばジュース1本でも買っておけばよかったと後悔している

旧東海道に面した 変わったお店 いついつまでも存続していることを願っています

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半鐘とは珍しいな

これは飾り物かな それとも今でも現役なのかな

地図

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桑名に移動してから1時間歩いたがやっぱり気力が萎えてきた

本日歩き始めて10時間半が経っていた。近くに駅があるため今日はここで終わり

にした  地図  近鉄益生(ますお)駅

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ここから桑名駅まで戻り最後はタクシーで七里渡しまで送ってもらった

ここからは もう一つの目的でもある道草敢行だ

今回のお風呂は木曽岬温泉へ行ってみよう

DSCF4324DSCF4325何でも石砂利の湯があるってことで有名な湯

やっぱり自家用車を駆使して歩く東海道五十三次は

この方法が一番だと思う



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

2013.10.14

10月三連休最終日が始まろうとしていた

今日もいつものように早朝より歩き始め 歩けば歩くほど家から遠くなり帰るのに時間を要するようになる

そんな訳で切りのいいところまで歩き家に帰る予定
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5:06 

徘徊開始

まだまだ眠りの中の桑名市

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暗くてよく解らなかったが昨日通過した地点に到達して

いた

地図

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員弁川に出たが旧東海道に橋は無し。

寂しいね 是非人道橋でいいから作って欲しい

地図

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近鉄伊勢朝日駅

朝日駅って今夏 中三女子が花火帰りに殺害された地かな

あのときはJRの駅だった

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マンホール蓋考察

朝日町の町の木 白梅をあしらったデザイン

白梅なら色を付けてね

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6:16 朝日が出てきた

新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸をいだけ 青空仰げ



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マンホール蓋考察

四日市市に入っていたのか

市の花 サルビアが描かれていた

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歩いていくと加色されたマンホール出現

やっぱり色が付くと殺風景なマンホールが鮮やかに変身した




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時折写真を撮りながら歩いていると 自転車を押したおじさまが話しかけてきた

先ほどの中三女子の話を持ちかけたら“事件は迷宮入りだそうだ どうも警察の

初動捜査に問題があったみたいだ”

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何はともかく一日も早い事件が解決することを願っている





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七里渡しから2里半って10粁歩いたのか更には四日市宿まで1里

頑張ろう



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街道沿いに24時間営業のラーメン屋さんがあった

伝丸 ゼンショー経営のらーめん屋

以前藤枝で食べたかった朝ラーがここで食べられるかで入店

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朝ラーセット380円は安すぎ これでご飯も付いている

原価150円かな

注文はこれに決定

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来た朝ラーセット

らーめん自体は普通としかいいようないが 朝食で今日一日元気もりもり



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客は拙者ひとりだったため朝ラーを食べる人っているの?

毎日来る人がいるほど意外と人気メニューなんだって



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旧道はこの店から側道へ逸れていきます

地図



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海蔵川を迂回して再び旧道へ出たら看板が掲げてあった





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三滝橋上に描かれていた

この祭り七夕に関係があるのかな



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笹井屋?なが餅?なんだなんだ

調べてみた HP



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マンホール蓋考察

コアラにパンダ、港に船・工業地帯、橋? ようかん・・・色々な物が描かれている



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この交差点付近に本陣があった  8:27

江戸から43番目の宿四日市宿に着いた

後10宿になってしまっい嬉しいような寂しいような複雑な気分  地図



歩いていこう旧東海道五十三次 亀山宿→関宿

2013.11.02

11月になり季節は晩秋にさしかかろうとしていた

11月の3連休も 『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け1日目が始まっていた

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今回は 関宿まで行けたら・・・願わくば鈴鹿峠入り口まで行きたい。

それは箱根峠越えの時も小田原宿を超え箱根町まで行き 翌朝一気に峠越えを

行った経験から今回もそのつもりで動いていた

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亀山宿本陣があった地点  東町交差点





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アート亀山2013』が開かれている市内 ここは崖の上美術館?名前は不確か





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街頭ではこのほか似顔絵を描いている方が居たりと面白

かったが如何せん人通りが少なすぎる。もう少し人を呼べ

るイベントと組み合わせることも必要かな

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江ヶ室(えがむろ)交差点を左折すると旧道は黄色にペイントされた道路となった

これはいいアイデア。全ての旧道を色付けできるわけ無いが出来るところから始め

ここが旧東海道だと言うことを占めそうではないか

DSCF4463それによって感心者が増えれば観光客も増える→町に活気が戻る

池の側  地図

決して綺麗な水では無かったが水面に花びら?が散っていて赤く染められていた

綺麗だった
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11:43

やっぱり黄色くペイントされた道はいいね

地図(ipad)を見なくて道に迷わない

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確かにここの旧道は幹線道路から外れたところにあるため車の往来も少ない

だからこそかえってこのペイントされた道が生きる。どうしてこういった発想が無か

ったのかね

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ちょうど昼なのにここ亀山には飲食店が無い 先ほどの本陣跡(東町)周辺は

土曜日だからかそれとも不況の性かシャッターが閉まった店ばかりで食事すること

が出来なかった。諦め気分で歩いていたところに食事出来るところ出現

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ここは精を付けるために焼き肉定食に決定。





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商品が出てきて吃驚。伊勢うどん付きだった

伊勢うどんを食べるのはこれで3回目。初回は傾いたらーめん屋で有名な『まる豊

さん、二度目は2013.9.1に行った伊勢神宮の際に食べていた

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伊勢うどんは腰が無く決して美味しいものでは無かったがまさかここで食べられると

は思わず得した気分になった

肝心の焼き肉は決して褒められたものでは無かった。もう少し上手に調理出来るだ

DSCF4469ろうという出来映えだった

でもご馳走様でした




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再び歩き始めた この頃から旧道沿いの旧家に拙者を楽しめるものが現れた

はがきサイズに描かれた絵手紙。季節柄秋のものが多かったが皆上手に描かれて

いた。上手に描くコツは 大きく書く 色付けは少しはみ出るくらいがちょうどいいかな

DSCF4473絵心の全く無い拙者には感心するばかりだった

これを見ながら歩くと足がどんどん進んだ

何だかんだで黄色く色付けされた道路は終わってしまった

やっぱり色付けされた旧道は予想以上にいいもんだ
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また軒下に菊の花があったりと拙者を飽きさせない亀山宿に感心したほどだ

暫くまた詰まらぬ徘徊が続いた



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名阪国道ガード下にさしかかると旧東海道五十三次の絵が描かれていた

地図



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とかく落書きの温床となり得

るガード下に廣重の絵を描く

なんて道路公団も粋な計らい

DSCF4483をするもんだ

あと少しで関宿にさしかかろうとしていたら交通規制の予告看板が・・・

内容を確認すれば 明日11/3関宿街道祭りが行われると・・・


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マンホール蓋考察

関宿専用マンホール蓋だった

三度笠の旅人が関宿を行く姿が描かれていた

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明日の祭りで活躍するのかな 張り子の馬が出走待ち状態だった





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関宿入り口 東追分  地図

関宿(せきしゅく、せきじゅく)は、東海道五十三次の47番目の宿場である。現在は三重県亀山市(もとは関町であったが、2005年1月11日に亀山市と合併した)。

古代からの交通の要衝で、壬申の乱の頃に古代三関の一つ「伊勢鈴鹿関」が置かれた。江戸時代も、東の追分からは伊勢別街道、西の追分からは大和街道が分岐する活DSCF4487気ある宿場町であった。古い町並みがよく保存されていて、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

関宿は町並みが保存され素晴らしい景観を醸し出している情報は得ていた。

だからこそ楽しみでもあった宿場でもあった


画像こそ無いが 東追分に立つ鳥居は伊勢神宮内宮入り口にある宇治橋内側(神域)にある鳥居を移築する

内宮に参拝する際は確認しておこう

外側の鳥居は桑名宿入り口にある七里の渡しにある鳥居です


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今まで430粁ほど歩いてきたがこんなに町並みが保存された地域は無かった

名古屋市緑区の有松地区も素晴らしかったがここの景観が群を抜きんでている

ブラボー

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こんな美しい景観を我が物顔の車を走らせる輩には唖然とする

ゆっくり走ろうという気が無いのかね  悲しいね

最近の話題では 有名企業の怠慢が目に付く

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メニュー偽装や輸送会社の商品管理問題 鉄道の点検不備による事故

なんとも情けない話だ 会社の欲の為に消費者を裏切った行為は背信行為だ

許しがたいね 特にホテルやデパートの高付加価値を認め高額を払う消費者を

DSCF4491欺くなんてもってのほかだ。この代償は必ずやってくる覚悟しておけ。

それだからA級グルメは好きじゃない。高い金払って食べるものが不味かったら最

悪だ。安い金で美味しいものを探す、巡り会えたときの喜びは格別なものがある

だからB級グルメは止められないね
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明日の祭り準備?と言っても何も行われていなかった

明日は完全にここには居らず祭りを鑑賞は出来ない

せめて少しでも前夜祭とまで行かなくても祭り気分が味わえたならと思ったが無理

DSCF4495のようだった

  • 百五銀行 関支店
  • 外観は、宿場町・関宿の町並みの景観に配慮した建物で、ATMコーナーには「現金

    自動取扱所」の表示がされている。

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    13:33  川本本陣跡に到着

    江戸から47番目の宿場



    これから先は 鈴鹿峠に向かう山道となる

    その前に一度駅に出向きバスなどの情報を得ておきたかった

    ipadで調べても情報が載ってこないのだ
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    関西本線 関駅

    駅で確認すればこの先坂下宿まではコミュニティーバスがあるが峠越えのバス

    はない。つまり今日はここで終え明日早朝より一気に鈴鹿峠越えを果たし鉄

    DSCF4500DSCF4501路で再びここまで戻るのがいいと決めた

    それも峠を越えて最初の駅水口(水口)まで歩く予定だ

    そうと決めたら今朝の発駅 日永まで戻り車を取りに

    行こう
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    関から日永までは乗り継ぎが悪く 一旦桑名まで戻るか途中駅から歩くしか

    方法はなかった。拙者は南四日市駅で下車2500mを歩き日永まで戻った

    まだまだ今日は余力があったが普段だったらきつかった

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