toyotaboxyのblog

せんちゃんのグルメ&秘境の湯旅行記

2013年11月

歩いていこう旧東海道五十三次 坂下宿→土山宿

2013.11.03

11月の3連休も 『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け2日目が始まろうとしていた

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今日は 関宿から一気に鈴鹿峠越えを狙っているが天気予報では夕刻から雨予報

出来ることなら雨に遭わないうちに目的地に着くのが理想だがうまくいくかな。

そんな心配するより早く徘徊を再開しよう

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無事坂下宿も通過 道は更に傾斜を増したような気がしてきた

ここまで来るともう楽しみの域は超え完全なる修行と化していた

高校の時に四国八十八カ所を踏破したがそのときは原付バイクで日夜この東海道

を南下していたが今となっては記憶の微塵さえ残っていなかった

あのときはお寺を巡るそれこそ修行の身であったが、今回はお寺ではないがこれはまさに修行僧と言ってよい

程の自分探しの旅でもあった

三条大橋のたどり着いたときに 果たして自分はなんのためにこの世に生を受けたのか解るようになっているか?

知りたく・・・というのは嘘だけどでもこの道中を歩くことはそれに似た修行でもあった
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坂下宿 梅屋本陣跡だが 今となっては寂しい石碑のみが残っているだけだ

7:26



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大竹屋本陣跡の石碑脇にはゴミ集積所  7:27

こうして旧東海道を巡っているものとしては本陣跡とは 宿場中心地という崇高な地

それをすぐ横にゴミ集積地を置くなんて以ての外。それだけ地元民にとってこの東

海道五十三次が生活に溶け込んでいないか、また現在の生活の糧になっていないかがはっきり解る

寂しいね

こんな状態じゃ今後この旧東海道の道、街並はどんどん廃れて消えていくことだろう

悲しいね


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旧道は再び国1に合流? 辛うじて側道として寄り添うまでだった

地図  7:37



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すると見慣れぬものが道路にあった

スプリンクラーだ。その目的は消雪用のものだ

ここ三重県でもそんなに雪降ること多いのかな 

DSCF4542もしこの行脚 日程がずれ込んで厳寒期の2月に当たっていたなら ここの通過は

出来なかったことだろう。

まして山道となれば雪かきなどしない道 絶対無理の行脚だったに違いない


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ここについて驚いた 旧鈴鹿峠まで600mの標識 えええそんなに近いの

そんな程度で峠越え終わっちゃうの それと比べたら箱根峠は異様だった

小夜の中山もきつかった  地図  7:45

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旧道はここから国1と別れる。そうここからが本来の旧

東海道鈴鹿峠道に入る

7:46  地図

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片山神社の石碑 

本来の坂下宿はこの辺にあったらしい 大雨で土石流が発生し皆流されてしまい

先ほど通ったところに移転したそうだ。現在ではその面影は何も無い

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車一台がやっと通れる鬱蒼とした木立の道をどんどん登っていく

そういえばこの辺でもまだ紅葉は始まっていなかった



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画像こそ無いがこの看板の近くに小さな祠があった。 7:50

何でもこの鈴鹿峠には山賊がよく出たそうだ。まだ8時前のこの時間帯に限らず

年中薄暗い峠道無事を願わずに通り過ぎることは出来なかった

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7:54 片山神社下までやってきた。

だが現在 危険ですので立ち入り禁止となっていた

ここから先の道は完全なる獣道となっていた

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7:54

胸突き八丁と言うべきなのか確かに僅かだったきつい急坂には

バテ気味!だがもうすぐで鈴鹿峠のはず 600mって結構遠いな

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7:59

鈴鹿峠到着  確かに・・・いやいや以外と簡単に到達してしまった

これが西の・・・では物足りないな

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峠を過ぎたら今度は急坂の下りと思えば この平坦な道に

唖然!どうなっているの



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県境だ ここからは滋賀県  8:05

滋賀県はあまり思い出がないが 長浜市の黒壁魚肉

ソーセージを使ったホットドッグ
くらいかな

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ここで再び国1と合流、暫く一緒に歩く。





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マンホール蓋考察

滋賀県旧土山町のものだった 町の鳥はキジ 木は杉、花はチャ



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気温14℃  歩いていれば心地よい温度、立ち止まればす~っと熱が冷め

何ともキモチイイ 更には曇り空だから日焼けの心配無用

確かに真夏は地獄絵の中を彷徨い歩いていたあの頃が・・・ 嫌々思い出したくもない

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日本橋から434粁 8:16

たかが80cmの歩幅を繰り返しよくもまあ434粁も歩けたもんだね

つまり些細なことの積み重ねが大きな事を成し遂げていくことの例えだね

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滋賀県側にも消雪スプリンクラーは設置されていた

ちょっとコックをひねってみれば水が流れ出した

よい子の皆さんは触ったりしては駄目ですよ

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甲賀市のコミュニティバス 熊野神社バス停

このバスもいざという時には使い物にならないダイヤだね



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ここ界隈の畑は皆電流デスマッチの如く檻に囲まれていた

たまたま農作業していた方と話すことが出来たら“鹿に猿、猪が作物を荒らしまくる

そうだ。その対抗手段でこのような柵を作った。上部には電流も流れている。中に

は動物愛護団体が抗議に来るらしいがこっちも生活がかかっている”と・・・

よそ者は仮に峠で猿の群れを見ることが出来れば嬉しいが 農家の方には死活問題なんだね

でもこれだけの設備いくら掛かったかな 1m5000円だとしてもこの畑外周で500mはあった

ざっと計算して250万円かかっている

大変な金額だ
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山中西交差点付近  地図

欄干の無い橋 別名沈下橋だ

でも現在使われていないみたい

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第2名神高速の起工がこの地から始まった記念碑。

今は新名神と名称が変わった。この道はよく使う首都圏から関西に向かうとナビは最短コースであるこの道を案内するからである

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434粁から437粁に3粁徘徊してきた

時間は47分もかかっている  9:03



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地図

蟹ヶ坂周辺 ここも路面に色付けされている

色付けされていると何か特別な気になっていいね

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旧東海道は 人専用の橋海道橋を渡っている

田村神社参道に通じる橋。下には田村川が流れている  地図



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廣重の絵にもこの土山が描かれていた。

その構図はこの田村川にかかる橋を雨の中大名行列が進む様だった

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一之宮でないため田村神社には参拝してこなかったが、こ

の鳥居の参道が旧東海道であった。そしてここあいの土山

道の駅後方の道路から土山宿入り口が始まる

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国1と平行に走る旧東海道は時

代の開発から逃れ静かな佇まい

を見せていた

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そう今日は『あいの土山マラソン2013』開催日でもあった

田村神社脇のスポーツセンターがメイン会場。



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森鴎外も泊まった旅籠





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10:03  土山宿到着

江戸から49番目の宿場





歩いていこう旧東海道五十三次 関宿→坂下宿

2013.11.03

11月の3連休も 『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け2日目が始まろうとしていた

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今日は 関宿から一気に鈴鹿峠越えを狙っているが天気予報では夕刻から雨予報

出来ることなら雨に遭わないうちに目的地に着くのが理想だがうまくいくかな。

そんな心配するより早く徘徊を再開しよう

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車を関駅近くにある道の駅に駐め本日の第一歩を刻み始めた

時は5:45 最近のこの時間帯はまだ闇の中だった

駅についても一番列車が7時台とまだ眠りの中でもあった

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昨日前を通った川本本陣跡を通過

これで再び旧東海道五十三次が繋がった訳だ



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もう一つの本陣 伊藤本陣跡に着いた

宿はまだ眠りの中 起こさぬように抜き足差し足忍び足で

歩を進めるが決して泥棒ではないのだ

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あいづやさん

関宿の中で一番有名な食事処 食事ではないが『アクピタ』と言う道具を開発した

お店としても有名

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関宿の不思議なものたち2
関宿で発見したちょっと不思議なものたち・・・。
実はこれ、町家に施された漆喰彫刻や細工瓦なんです。その家の子孫繁栄・家運長久などを願って、職人が技をこらして作ったものだとか。壁の隅や屋根の上など、どれもよーく観察しないと見つかりません。このホームページの中にも全部で6種類、これらの不思議なものたちが隠れていますが、いくつ見つけられましたか

だがやっと見付けられたのがこの2つだけ亀と鶴だけこんなところにあるとは・・・
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でもこんなこだわりが職人芸なんだね





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当時の関宿を描いたものが掲げてあった

当時を忍ぶには文章より鮮明に把握出来るのでとてもいいことだと思う



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一度国1に合流後再び旧道へと別れていく

6:20  地図



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マンホール蓋考察

関宿を通過してしまえばまた絵柄が変わった 鹿に雉とシャクナゲ。これは旧関町

の頃の町の獣・鶏・花であった。周りを縁どるは杉の木だった

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昨日駅員が話していたコミュニティバス停があった

時刻表を見てびっくり このダイヤではとても使えるものではなかった

まだ昨日は土曜日だったが今日は日曜日では運行なし。このバスを当てにした行

DSCF4524脚なんて考えられない

市瀬バス停  地図




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427粁ポスト

緩やかではあるが上り勾配が延々と続く道



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国1から脇道に5m入ったところに筆捨山のことが記載されていた

実際どの山のことだか解らなかった

地図

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三度旧道へと進む 6:47  地図

この道を行けば坂下宿だ 頑張ろう



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変なものがあった 

登山口入り口? 不思議だ これが夜だったら末恐ろしい

地図  6:53

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鈴鹿峠自然の家に通じる道路 東海道五十三次の宿場名が記載されていた

順繰りに辿っていくと施設が現われたと思ったら元小学校だった施設を利用した自

然の家だった

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地図

へ~これはいいアイディア 感心感心 とかくのこのような施設は鉄筋コンクリート

造りが多い中宿泊する点は不便だがよいことだと思う

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ここはちょうど今歩いている位置だろう

坂下宿までもう少し



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鈴鹿峠まで2400mまだまだこれから試練が待っているのか





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坂下宿 松下本陣跡到着 7:24  地図

現在はあのコミュニティバスの終点にもなっていた

江戸より48番目の宿場

DSCF4536鈴鹿峠を控えた宿場町として賑わったが、明治の鉄道交通では、鈴鹿峠の勾配が

蒸気機関車にとって仇となったため、西寄りの柘植経由となった。


現在は民家も少なく、当時の面影はほとんどない。宿場町であったことを示すのは、

旧関町
によるいくつかの新しい石碑のみ。
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歩いていこう旧東海道五十三次 庄野宿→亀山宿

2013.11.02

11月になり季節は晩秋にさしかかろうとしていた

11月の3連休も 『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け1日目が始まっていた

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今回は 関宿まで行けたら・・・願わくば鈴鹿峠入り口まで行きたい。

それは箱根峠越えの時も小田原宿を超え箱根町まで行き 翌朝一気に峠越えを

行った経験から今回もそのつもりで動いていた

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庄野宿 本陣跡を無事通過出来た

すると民家軒下に『脇本陣跡』と遠慮がちに看板が出ていた

悪い子としている訳では無いのでもっと堂々と看板を掲げて欲しい

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今までこのようなアイテムはあまり見かけなかったがもう少しみんなの力でこの

旧東海道の散策を盛り上げていきたいものだ



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街道を歩いていると時々果実が実っている光景を見かける

何でも昔はお店はもちろん飲食店もほとんど宿場にしか無く もちろんコンビニなど

無い。旅人の空腹や喉の渇きを癒やすために幕府が励行して果実の木を植える

DSCF4440ことを促したそうだ

それでも旧道を徘徊しているとコンビニなどのお店が全然無く難儀することが多々

あったが、昔に比べたら月とすっぽんだ

現代はなんて有り難いんだろう
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マンホール蓋考察

鈴鹿市は三重県で確認出来るトンボの7割を見ることが出来たトンボ王国の市だ

ったのです

平成20年度第2回目はトンボです。今回の調査で鈴鹿市から70種のトン
ボが記録されましたが、これは三重県で記録されているトンボ99種の内、
約70%が記録されたことになります。しかし、残念ながら最近は水辺環境
の改変により、普段よく見られる種類が減ってきています。

のうしゅうとは、農村(農業振興地域)のし尿や生活排水を処理する施設、またはその整備事業のこと。

農村部では小さな集落が分散していることが多い。そのため下水道よりも小さい数集落単位の規模で

汚水を集め処理して農業用水路や河川に戻すための排水管です
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9:58 安楽川  地図

河川敷ではスポーツ少年団が活動していた。軟式野球かなと思ったがソフトボー

ルチームだった

どうも見ていたら10時の休憩時間らしく皆橋の下の日陰で休んでいた

拙者が橋を渡り対岸に着いた頃に再び活動を再開していたがもう少し早く始めていたなら気分転換に見学

していたのに・・・
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旧道脇に苗種農家があった

小さなポットに小さな花を付けた苗が沢山あった

このようなものホームセンターで買ったことがある

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マンホール蓋考察

いつの間にか亀山市に入っていた

描かれているのは勝手の亀山城?とハナショウブ

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JR井田川駅  地図  10:25

2011年に改装された駅舎がとても綺麗だが無人駅だった



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駅前広場にはヤマトタケルの像

ヤマトタケルが歿した能褒野(のぼの)の地とされる三重県北部には、ヤマトタケルの墓とされる古墳(白鳥陵)がいくつかあった。その中でも鈴鹿市加佐登の「白鳥塚」と呼ばれる円墳が最有力とされていたが、1879年(明治12年)、内務省は亀山市田村町の「丁字塚」と呼ばれる前方後円墳(能褒野王塚古墳)をヤマトタケルの墓に治定し、「能褒野陵」と命名した。能褒野陵は全長約90メートル、高さ約9メートルで、三重県北部最大の前方後円墳である。1895年(明治28年)、能褒野墓の隣接にヤマトタケルを祀る能褒野神社が創建された。

能褒野神社はここから歩いて30分ほどの位置にあった
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亀山城(かめやまじょう)は、現在の三重県亀山市本丸町にあった城。別名を粉蝶城(こちょうじょう、ふんちょうじょう)という。1265年(文永2年)に関実忠によって若山(現在の三重県亀山市若山町)に築城され、その後現在の位置に移された。江戸時代は東海道の要衝としてたびたび城主が変わり、石川氏の時代に幕末を迎えた。
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地図





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もうじき和田の坂道にさしかかろうとしていた

地図



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凄い自動車販売店および修理工場があった

今時看板に『サニー・マーチ・シルビア・プレセア・バネット』

マーチは現在も販売されている日産の車だが後の車は既に廃盤となっている

そんな古い看板は時々見かけるがここの看板は真新しい 今になっても看板を手入れしている

凄いことだ 珍百景に投稿しようかな

プレセアは2000年に終売になっていた  この頃の日産車には全くと言って興味なかった

13年前は確か三菱パジェロに乗っていた。あの頃はRV人気が凄かった時代でもあった
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旧道を徘徊していると工場があった

亀山蝋燭さんの工場だった。SHOWルームは併設されているかと守衛さんに聞

いたが亀山駅近くにある・・・場所は旧道から少し外れるらしい

カメヤマ株式会社は、大阪府大阪市北区大淀中に本社を置くろうそくを専門に扱う企業である。一般には亀山ローソクカメヤマローソクの名で知られ、ろうそくの国内シェアは約5割を占める。なお社名は創業地・三重県亀山市に由来するものである

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旧道は宿中心地にさしかかろうとしていた

昔ここにあったお店の看板が出ていた。亀山の宿は大きな宿場だったのが町並

みから感じ取られる

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この時期亀山市では『アート亀山2013』が開かれていた

傘を使ったアートがここでは展示されていた





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東町交差点  11:28

亀山宿本陣があったと思われる中心地到着

江戸から46番目の宿

歩いていこう旧東海道五十三次 石薬師宿→庄野宿

2013.11.02

11月になり季節は晩秋にさしかかろうとしていた

11月の3連休も 『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け1日目が始まっていた

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今回は 関宿まで行けたら・・・願わくば鈴鹿峠入り口まで行きたい。

それは箱根峠越えの時も小田原宿を超え箱根町まで行き 翌朝一気に峠越えを

行った経験から今回もそのつもりで動いていた

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石薬師宿も順調に通過し次は庄野宿

庄野宿までは27丁ととても近い

五十三の宿場間の中で身近さで2位タイの記録

1位は 赤坂⇔藤川間の16丁 (約1.75km)
2位は 大磯⇔小田原間の27丁 (約1.93km)と今歩いている石薬師⇔庄野宿間が同じ距離でもあった

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宿場名にもなった石薬師前を通過し旧道は更に人気のない方へと左折した

地図



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関西本線のガードを潜ると畷道に出た

もしこの道が舗装されていなかったならばこれこそ昔の記憶旧東海道の姿だっ

たのだろう。遠映にビル群が小さく見えるがまさにここは日本の原風景そのもの

田園の中をひとりで徘徊していた

今まで400粁強歩いてきたがこのような風景の地は一つも無かった

両側田んぼはあったが人の生活区域が近かった

ここみたいに民家などが全く無く車の通行さえも無い道は初めてだった

やっと本来の姿 旧東海道に巡り会えた
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あっという間に庄野宿入り口に到着

地図  9:12



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僅かだが庄野宿にも昔の家が残っていたがほとんどが現代風の家でもあった





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庄野宿本陣跡に到着 9:15

27丁 約2粁だが1時間も掛かってしまった。確かの現代の幹線道路に邪魔され

て何回か迂回したような気になったここまでの行程。

近いのはいいが おもしろみが無かった宿場間でもあった

江戸から45番目の宿  江戸より420粁と言うことは京まで90粁になった 

歩いていこう旧東海道五十三次 四日市宿→石薬師宿

2013.10.14

10月になり待ちに待った3連休 またしても『歩いていこう旧東海道五十三次』に出掛け3日目が始まろう

DSCF4012としていた

今日の予定はまたしても早朝より歩き始め10時頃に切り上げ帰路に着くいつもの

パターンでもあった


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8:27 四日市宿本陣があったと思われる地点通過

愛知、三重とどうも旧東海道に関する熱の入れようが冷めている

静岡県では統一のある石碑で丁寧に案内がされていた

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昔の東海道を潰し現在は家が建っている光景に愕然

とする。一番多いのは道路拡張による破壊だがここは

それ以前の話だ。行政の区画整理で廃道されたのかな

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お諏訪様の前を通る参道商店街が旧道でもあったがまだ全ての店が開店前と言う

こともあって閑散としていたが夕刻頃は賑わっていることだろう



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広重が描いた四日市宿  昔は宮宿までの10里渡しもあったそうです

現在の宿場中心は結構内陸になっていますが当時は海岸に近かったと思われます

(埋め立てが原因でしょう)

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アーケードを進むが人気が無く寂しいが唯一の救いは明るかったことだ

これで照明が無いと暗い状態では恐ろしさも感じることだろう



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暫く進むと足元にタイルで描かれた東海道の描写が現れた

恐らく四日市のことを描いているのだろう



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全部で4画あり ひたすら歩くしか能が無い拙者には一服の清涼感にも似た、いや違うこのような物があるだけで疲れが癒やされ足並みが軽やかになっていくもんだ


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消火栓蓋にも廣重の絵が描かれていた

よくよく見ないと当初は解らなかったが確かに風で飛ばされた笠を追いかける旅人

がそこにはあった

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近鉄赤堀駅

すぐ近くを歩いていたので寄り道 8:57

地図

DSCF4391この駅近くには鈴木薬局 旧東海道に面し、1852年(嘉永5年)以来の建物が残る

が写真に納めるのを忘れた。

それよりのこの線路幅が軌間762mmという特殊狭軌の軽便鉄道として建設され、

現在も当時のままの軌間で運行されることに気がついていなかった。
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そろそろ9時を過ぎたので本日の行脚(徘徊)は次の駅日永までで終えようと決めた

日永駅に着く寸前始めて内部(うつべ)線の列車を拝見出来た

何ともカラフルで可愛い電車が現れた まるでおとぎの国から来たような電車だった

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2012年に四日市市議会は内部・八王子線の存続問題を審議する総合交通政策調

査特別委員会を設置した。しかし近鉄は、8月21日、地元住民に対して鉄路を廃止

し、跡地をバス専用道路にしてバスによる運用に転換する〈BRT〉化)の方針を発表

DSCF4394した・・・。現在もなお廃線の危機に立たされている。

8:09 日永駅到着

無人駅だが自動券売機が設置してあった  ICカードは利用出来ない


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9:17四日市行きが駅に滑り込んできた

あれ やけに小さい車両とここで始めて気がついた

これって軽便鉄道並みだな

こんな小さな電車市電や都電以外に乗ったことが無い

こんな電車がちゃんと走っていること自体に驚いた

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車内へ乗り込んで更に驚いた 座席が片側一列しか無いんだ

凄いよこの電車 こんな電車が走っていたのをもっと早く知っていたなら

必ずや訪問し試乗していたのに・・・

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先頭車両に移動 運転席もおもちゃみたいだ

軌間762mmは以前行った黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)も同じ軌間

それと西桑名駅に乗り入れしている三岐鉄道北勢線。そして屋久島にあった安房

DSCF4399森林鉄道もそうだった。

自家用車で旧東海道五十三次を巡っていたからこの鉄道に巡り会えたことに感謝

しよう



これが10月12-14にかけての3連休を使った 『歩いていこう旧東海道五十三次』だった

次回は11/2の予定です


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

2013.11.2

またまたやってきてしまった 行程も1/5を残すのみとなった『歩いていこう旧東海道五十三次』企画

今回の3連休を使い草津宿までたどり着くか、もしくはその最寄り駅までが目標でもあった

この3連休を東海道歩こうに当たって凄く悩んだ

月末月初は 拙者が働く会社では超仕事がハードになるのだ

出掛ける日の朝は4時起きで会社に向かっていたほど辛かったが今回の連休を逃すと年内に三条大橋にた

どり着くのが困難になってくる

是が非でも年内 出来れば当初に掲げた錦秋の頃にたどり着きたい夢が叶わなくなってしまう

体にむち打っての敢行となった『歩いていこう旧東海道五十三次』が今再開しようとしていた
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前回の最終到達ポイント 近鉄日永駅に再び現れた 6:01  地図

これでも最低の睡眠時間しか取れなかった。う~眠い

眠くて体がまだ目覚めない 体が覚醒しない

DSCF4401体調指数を表すなら60%だ  仕事疲れがもろに出ている

歩いていると 明日3日 第45回大学駅伝が行われる出場校大東文化大学が朝

練を開始しようとしていた (結果は7位)


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今日は冷え込んでいる いつもの七部パンツでは無く長ズボンにウインドブレー

カー着用。11月は晩秋になるのかな 季節が巡るのは早いねより1年経つのがも

の凄く早い。ついこの間正月だった気がする。また年取るのいやだな

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6:47 日永追分到着

東海道と伊勢街道の分岐点(追分)。現在は国道1号線の追分交差点となっている。



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この敷地内には湧き水が出ており地元民が水を汲んで

いた。こんな町の中にどうして湧き水が出ているのか不

思議

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追分駅にさしかかろうとしたらまたあの電車に出会えた

また乗ってみたいなおもちゃみたいな電車に・・・



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改めてレールを見れば超狭い。成人男性の歩幅が80cmと言われるがそれよりも

狭い。その狭いレール幅に列車が乗るのだから驚きだ

でもそんな列車だからこそ存続して欲しい願わずにはいられない

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徘徊していると真っ赤な実を付けた樹木が現れた

南天の木だ 昔から縁起の良い木として珍重されている

音が「難を転ずる」に通ずることから、縁起の良い木とされ、鬼門または裏鬼門に

DSCF4414植えると良いなどという俗信がある。福寿草と
セットで、「災い転じて福となす」とも

いわれる。それと似たようなことだが『ふくろう』も好きだね

不苦労もしくは 福来ろうと言われる点がいいね


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ここは近鉄内部線終点 内部駅近くの旧東海道

地図



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杖衝坂つえつきさか  500m先

また難所があるのかな 東の箱根、西の鈴鹿は有名だ

でも余計な知識が無かった小夜の中山は辛かった 

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確かに勾配はきつかったが意外に短く呆気なく終わってしまった

地図



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うつべまちかど博物館  7:47ではまだ開館していない

地図  ここで地元民のおじさまと僅かだが会話をした。内容は東海道を歩いている・・・

と言うたわいの無い話だけだが数分いや数十秒でも地元の方と語り合えたことが嬉

DSCF4419しいものだ

一旦国1に合流した旧道だが再び本来のあるべき姿旧東海道の姿へ戻っていく

この交差点を左に逸れる  地図


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再び国1に合流 欄干から川面を見れば白濁した水たまり あれってもしかしたら

冷泉ではないか。温度こそ無いが成分が含有していると言うことは温泉法に則り

温泉と認められる?はずの白濁さだね

護岸がある位置から真っ白になっている

石灰成分が溶け出していると思われる

冷泉とは言え誠に勿体ない話である

活用方法はないものかね  地図
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再び国1と別れここの坂を登っていくと石薬師宿到着だ

地図



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宿場入り口

信綱かるた道なるものがあったが文学心の無い拙者に

は心に響くものが無かった

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マルフク漬け物会社  地図

ひなの漬けが有名らしい



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個人の制作なのだろうか

誠に頭が下がるおもいだ



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8:19

石薬師宿到着  江戸より416粁  京まで約100粁を切ってしまった

44番目の宿場町

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小澤本陣跡  地図
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