2014.11.23

『歩いていこう旧中山道五十六次』も今日で完結となってしまう

東海道五十三次を歩き終えた瞬間は二度と街道歩きするもんか・・・思ったほど疲れていたが

今はまだまだ余力が有り余っている

本来ならゆっくり歩きたいところだが、夜 式根島で会った青年と久しぶりに会う予定になっているため

急ぐ日程となってしまったが、十三峠には参った

どうしてどうしてこんな過酷な道が一番最後になってしまったか自分を自分で責めると言うより呆れてしまった

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9:23  中山道ぎふ17宿踏破スタンプラリーの幟発見

これって拙者はスタンプこそ押していないが該当するよね・・・で

運営会社に今メールで尋ねてみた


スタンプラリーって面白そう

出来れば日本橋から三条大橋までのスタンプラリーの企画やってくれないかな・・・

でももう一度は歩けないし 歩きたくないか

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なんだ不思議な窓があるぞ 9:24  地図

調べてみれば 虫籠(むしこ)窓といい 主に換気を目的に作られた窓らしい

名前の通り 虫かご窓 だね


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大湫宿脇本陣跡に着いた

今も保々家が住居としているため、内部の見学は出来ない




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祭りの山車が格納されているのだろう

2014.10.5 大湫宿 神明・白山神社例大祭

毎年10月の第1日曜日に行われる祭りでお囃子を奏でつつ山車を引っぱり、神輿を担いで練り歩きます。 明治3(1870)年に老朽化した山車と神輿が替えられ、山車は犬山城主の成瀬家から、神輿は尾張徳川家から譲り受けた…


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マンホール蓋考察

瑞浪市作成

中央には市の花・キキョウ、その周りに市の木・松。


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中山道を歩いている人がいたが話を聞けば周辺散

策だそうだ。

残念だね 久し振りに同志に出会えたと思ったのに


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9:39  地図  再び峠道入り口に差し掛かった。ここは琵琶峠口

何でも日本一長い江戸時代の石畳なんだって・・・でも石畳って歩きにくくて

好きじゃない

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標高558mほどなのでそれほど厳しい峠道ではなさそう

がんばって行ってみよう。




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9:40 スタート  箱根や金谷と違い平らな石を敷き詰めてありとても歩き

やすい石畳



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9:46  琵琶峠頂上に着いちゃった

呆気なかった。もっと凄いのを想像していたんだが・・・

それだけ体力が付いたと言う事かな


老いては益々盛んになるべしかな・・・

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江戸時代の石畳






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9:48

八瀬沢一里塚




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琵琶峠越えしていたら 白とピンクの木の葉の絨毯路

に思わずうっとり

影武者君も元気そうだ


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9:55  地図

琵琶峠西の入り口  15分で制覇したぞ




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10:03    警察犬育成所

最近は犯罪も巧妙化してきている。益々警察犬の果たす役割の大事な時

代が来る


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国際犬訓練所






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ひたすらひたすら県道歩き 確かに車の往来も少なく快適なんだが物足りない

何かいいアトラクション出現しないかな




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先ほども大規模養鶏場があったが、鳥インフルエンザ等の伝染病の感染防

止のため部外者立ち入り禁止。  地図

ここも同じであった


サンエッグファーム  事業内容を調べてみると

事業内容□ 液卵加工品の製造・販売
□ 鶏卵加工品(ゆで卵・温泉卵・卵殻カルシウム・クレープ)の製造・販売

だった

拙者が思い浮かべたのは 名古屋コーチン養鶏場だった

名古屋コーチンの歴史

  • 名古屋コーチンは、旧尾張藩士の海部兄弟が作出しました。
  • 明治38年(1905)に国産実用鶏第1号として日本家禽協会から公認されました。
  • 大正8年には公式名称が名古屋種に改称されましたが、現在でも名古屋コーチンの通称が一般的に使われています。
  • 昭和30年代まで名古屋コーチンは卵肉兼用種として、その名を全国に馳せました。
  • 昭和30年代後半に種鶏の輸入が自由化されると、肉専用、卵専用と効率を重視した外国鶏が全盛となり名古屋コーチンの飼養は衰退しました。
  • 昭和40年代後半になると昔ながらの「かしわ」の味が求められるようになり、名古屋コーチンが再び脚光を集めるようになりました。
  • これを受け愛知県では、名古屋コーチンの改良を本格化させ、昭和59年に肉質を重視した肉用タイプ、平成4年には新肉用タイプ、平成12年には卵質を重視した卵用タイプの供給体制を整え今日に至っています。

名古屋コーチンの外観の特徴

名古屋コーチンの写真

名古屋コーチンの外観の特徴がわかる写真です。

  • 羽色は淡い黄褐色、眼は赤栗色、脚は鉛色です。
  • 雄は、羽色の赤味が強く、尾羽は緑黒色をしています。
  • 雌は、体色のほとんどが淡い黄褐色で、尾羽の先端は黒色をしています。

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10:21  地図

大きな標識が現れた  細久手宿 2.7㌔  と言う事は11時頃に到着か

それにしても現代だから熊や盗賊の心配しなくて済むが往時は 少人数


DSCF9100でこの雑木林の中を歩くのは心細かったろうに

10:21  地図

弁財天の池



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10:41  地図

奥之田一里塚

ここに着く随分前から 妙な音が藪の彼方から聞こえてくる


確かにエンジン音、こんな山奥でエンジン音と言えば木を切るチェンソーしか考えれない

そのうちにまた奇妙な音が混ざってきた

タイヤの擦れるような音、アクセル踏み込むあの甲高いエキゾースト音は、本物とはちょっと違うが

きっとこの右手にサーキット場があるんだ

右手の藪の中を覗き込んでも何も見えない

でもね 何故かこのエキゾースト音が大きくなるに連れて胸の鼓動が高鳴った

実際レースやラリーなどの自動車レースには全くと言って興味がないが 何故か胸が高鳴る

更に歩いていくと益々デカくなるじゃないか

もう胸の鼓動を押さえられないほどだ

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すると『YZ CIRCUIT』の看板が現れたが どのくらい歩くか不明だったため

間違っても進めなかった。いつの日か自家用車で来てみようと街道徘徊を続

けた  地図  10:42


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10:49  地図

まもなく細久手宿の看板が現る




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10:50

霊峰御嶽拝観地と言う事だけあって御嶽が小さいが拝める




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『処刑場跡 150m』の看板があったが 気味悪く立ち寄ることが出来

なかった訳じゃない。150mも寄り道すら出来ないくらい疲れていた

地図


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細久手長寿クラブの皆さんありがとうございます  地図

確かに歩かれる人は少ないと思いますがそれでも手作りの看板が「有る・

無し」では随分細久手宿のイメージが変わってきます。本当にありがとう


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何かの広場に出た 壁面のような処に絵が描かれている

どうも夏祭り風景のようだ

地図


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細久手ちょうちん祭り
細久手ちょうちん祭り 毎年7月第4土曜日におこなわれる津島神社の祭礼です。
 この祭りには、船型に材木を組み、車輪を取り付け、上部に約100個の赤丸提灯が吊された巻藁船を模した山車(長さ6.4m、高さ4.67m、幅2.3m)が、山車の上でお囃子を演奏しながら、宿内を威勢よく曳き回されます。

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10:58  地図

大黒屋」さん  細久手宿24軒の旅籠の一つが今

も健在で営業していたが、その1軒が、『尾州家定

本陣大黒屋』
であった。 細久手宿の本陣・脇本陣が手狭になリ、他領主との合宿を嫌った領主尾洲

家が、問屋役酒井吉右衛門宅を「尾州家本陣」として定めたのが、『尾州家定本陣大黒屋』のはじまり

である。

拙者は、次の御嶽宿まで歩くが 街道歩きされる方にとって街道内にある宿泊施設として人気ある宿

だが、ここで宿泊できないと23㌔先の太田宿(美濃加茂市)まで街道筋には宿はありません

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11:00  地図

細久手宿本陣跡に到着

日本橋から数えて中山道48番目の宿場町