2014.7.19

『歩いていこう旧中山道五十六次』の続編で長野県へやって来た

中山道五拾六次で二大難所と言われる碓氷峠越えは、6/14に攻略済み、残すは最大の難所和田峠だけ

だった。(本当かな他にも難所が沢山あるのでは)

いままでに日本橋→深谷宿、横川駅→岩村田宿と御嶽宿→草津宿と虫食い状態だが攻略済み。

これらは戦略的で合ってやむを得ないところだ

そして今回3連休を使い 岩村田宿から長久保宿(宿泊)翌日、難所和田峠越えを果たし下諏訪宿(泊)

21日に贄川宿を目指す予定

ただし和田峠に関しては公共交通機関が全く存在しない。いつものようにその日歩き終えたら電車で車

まで戻る行動パターンが出来ない。

そんなことからイレギュラープランとなった

19日 岩村田駅近くに車を駐める→和田宿→唐沢地区まで歩く⇒町内循環バス⇒長久保宿に戻り宿泊

20日 長久保宿⇒町内循環バス⇒唐沢地区→和田峠→下諏訪宿→下諏訪駅⇒小淵沢駅⇒岩村田駅

    ⇒自家用車⇒下諏訪宿(泊)

21日 下諏訪宿→贄川宿→贄川駅⇒下諏訪駅⇒帰路

上記の日程を是非遂行したい

DSCF6968
芦田宿本陣も無事通過でき歩を進めた

ここは2軒ある脇本陣のうちの一つ  中山道五拾六次宿場錦絵が掲げてあった




DSCF6969
 1892(明治25)年創業の酢屋茂(すやも)は、長野県立科町にある老舗の醸造元です。良質な国産大豆・国産小麦を使用し、天然醸造という伝統的な製法で、味噌、醤油をつくり続けています

9:31


DSCF6970
商品を拝見したが、意外と高い価格帯に吃驚。

味噌は700gで700円 醤油は1.8Lで1140円 こんなに高くて売れるのかな

皆さん 美味しい味噌と言われる味噌とは、どんな味噌か知ってますか?

(1kg100円で売っている味噌と1kg500円の差ってなあに)

答えは、味噌に含まれる米の含有量の差なんですよ

DSCF6971
酢屋茂はす向かいにあるのは江戸時代から続く旅籠 金丸土屋旅館。

ここにも木鼻彫刻の施された出梁造りの建物は200余年前の建築。

現在も旅館として営業続ける同旅館、江戸時代から続く旅館に泊まる客は

中山道を歩かれる人ばかりだが、ここで宿を取ったらこの先の和田峠越えが距離的に難しくなる

この先長久保宿に2軒宿があるが、その先下諏訪周辺まで宿がない

芦田宿から下諏訪宿まで35㌔に加え笠取峠と和田峠越えが2ヶ所もあり拙者でもほとんど不可能な

日程になってしまう。更に長久保宿まで6粁と僅かな距離というのも問題だ

と、書いているが営業妨害しているわけではない。あくまでも拙者の行動パターンであって営業妨害で

は決して無い

DSCF6972
ひまわり見付けた

やっぱり好きだねこの花、いつも心に太陽を・・・って感じがいいね




BlogPaint
これから通る道は、おそらく往時と現代も中山道を歩く人に人気がある道

笠取峠の松並木  9:45  地図

笠取峠(かさどりとうげ)とは、長野県北佐久郡立科町と長野県小県郡長和町と

DSCF6974の境にある、旧中山道および国道142号線の峠。標高は900m。芦田宿と長久

保宿の間にあり、旅人が上り坂で暑さと疲れのあまり、皆いつの間にか笠
を取

っていることから笠取峠と呼ばれるようになったと言われる。松並木が残り往時

の面影を留めている。

DSCF6975
標識の傍らに 道中なのか菅笠を持った母娘の道祖神があるが、何とも微笑

ましい!お伊勢参りに行くのかな。

おっと蜂の巣発見!退散


DSCF6976
9:50  約1.6粁にも及ぶ松並木は見事だが、よくよく木立を見ると何やら

赤く枯れているように感じるのは拙者だけだろうか?東海道を歩いていた際

も松食い虫の被害があちらこちらで見られた。


忘れていた 樹齢30年を超える赤松の幹周りには あの高価な松茸が必ず生えている?

恐らくここも 秋には絶対生えているはず それもこれだけの量の松林

私有地じゃないよね

ってことは 次回は秋に決定だな

何が決定??  土瓶蒸しもいいけどご飯も美味しいよね


DSCF6978DSCF6977確かにここの松は赤松だと解っていてもこの木いや

に茶褐色になっていないかと何度も何度も疑問視し

ながらの徘徊でもあった。



DSCF6979DSCF6980
途中国道を横断するも再び松並木が続くが再度国道

に合流すれば峠までは国道を延々と歩く




DSCF6981
10:17 笠取峠に到着したようだ

結局松並木はあそこだけだったが、今からでも遅くない旧中山道に往時の

面影をと戻すために松などの木を植樹しようではないか


DSCF6982
10:19 峠の茶屋があったがどうも入店する気になれなかった  地図

やはり峠の茶屋らしい佇まいが必要と思われるのもあるが 定番の力餅食べ

るにはまだまだ大量を温存状態だった  通過


DSCF6983
道路脇壁面の絵は、この峠を描いた物らしい  地図

さあここから一気に長久保宿までは、下り坂だ

ギアをTOPに入れて・・・と思ったらこんな看板があった


DSCF6984
10:22  地図  『中山道源道←』でもこの看板の意味がわからなかった

だって 道らしいが奥に目をやれば 草が行く手を遮っているようにしか見えず

そのまま国道を歩いてしまった


DSCF6985
10:24  売り別荘を展示してあった  地図

880万円  ご自由に見学ください と書いてあったが鍵が開いてなかった

いい土地があれば考えてみるか


BlogPaint
先ほどの『源道』が気になっていたところ再び現れた。

あ 思い出した 往時の中山道が今もあり確か草道として紹介されていた記

事を読んだことがある。それがこのことだったのか


DSCF6987
10:26 地図  入り口から覗き込んだところ。

しっかりとは言えないが獣道(人道)らしき跡が確認できる

これなら行けるで足を踏み入れた


DSCF6988
昼でも薄暗い源道、女性の一人歩きは注意しましょう

草むらと言えばトラウマになりつつある 碓氷峠越えの際にヒルに食われたこと

だからこの源道を下っている際にも数秒おきに踝あたりをチェックしていた


DSCF6989
確かに痛くもかゆくもないが あの血の出ようは尋常ではないし、足から体に

這い上がってくるとも言われる・・・やだ!!やっぱり駄目

だから草道はもう結構 舗装道路の方がよっぽどいい


DSCF6990
とは言っても 汗が完全に引いていた。国道を歩いていたときより気温が4℃

くらいは低いのだろう。日差しも遮りヒルもいなさそうなので善としよう

熊除けの鈴付けてないが大丈夫かな 新たな心配事が生まれた


DSCF6991DSCF6992
源道を完全に抜けたみたいだ

地図  10:48




DSCF6994DSCF6996DSCF6993
いよいよ長久保宿だ

拙者の生きた証 マーキングだ




DSCF6997
ところでこの施設は何だっけ

全然覚えていない




DSCF6998
マンホール蓋考察

旧長門町時代の物(現長和町)  

中心に旧町章を配し町の木カラマツ、町の花ミツバツツジ、町の鳥チョウゲン

                ボウを図案化した。

 DSCF6999

10:55  一福処濱屋

明治初期に建てられた総二階出梁造りの建物は旅籠として造られたのだが、

急激な旅人の減少で開業には至らなかった経緯がある。


DSCF7001DSCF7002DSCF7003







DSCF7004
10:58  長久保宿本陣跡に到着

日本橋から数えて27番目の宿場




DSCF7005
本陣屋敷は江戸時代初期に建てられ現在も存在しているが、今も生活の場

としているため非公開、だから覗きは駄目よ。