2013.7.13

ふとした思いつきから発展した旧東海道五十三次を歩いて踏破するこの企画。前回の7/6と7/7の2日間連続を

乗り切り今回は3日間連続を決行することにした。

7/13-14はフルに歩けるが3日目の7/15は帰省渋滞も考慮した日程になるために初日2日目に距離を稼いで

おきたかった

その為には前日の夕刻に家を発ち車中仮眠し翌朝5時に歩き始める計画でもあった

朝5時というのはなるべく涼しい時間帯を利用したい狙いも含まれている
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アドニスでご当地B級グルメ つけナポリタンを食べ終えて外に出てみれば

そこに吉原宿を示す碑が建っていた  11:49

本来は今日の目的地はここだったが、3日間連続の日程で3日目が帰宅する時間を

DSCF2592考慮すると初日、2日の半分しか歩けないため更に歩を進めることにした

街道沿いに鰹節屋の甲田商店さんがあった

店内に入ろうとしたら あの生臭い香りに足が止まった。

料理で鰹節は好きだが店内中あの臭い充満では尻込みしてしまう

これと同じ経験は 以前新潟県村上市に行ったとき 吉永小百合さん起用のJR大人の旅倶楽部 塩引き鮭

のお店に入ったときと似ていた

魚で鮭は好きだが限度を超える量から発散される臭いに酒好きの拙者でも退散してしまった思い出が蘇る
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魚介類は大好きだが基本は生食に限る。

特にマグロは生で無いとだめ。鯖味噌煮にするなら塩焼きの方がいい

サンマの塩焼きは大根おろしが無いとだめ・・・とこんな具合だった

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間の宿 柏原

今の旧東海道を歩いているとまず家が途切れることは無い

外人が言ったけど 日本は街と街の境が無い・・・

確かにカナダへ行った際には隣町まで150kmも離れていてその間には民家やお店など何も無い

だから待ちの外れにこんな看板がある【NEXT GAS 157km

これには驚いて市内に戻り給油した記憶がある

昔の東海道は宿と宿の間は 原野だったんだろうな
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この時期夏祭りが各地で行われていた

介護施設に慰労奉納が行われていた



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車通行のために東海道が分断されていた。

中央にグリーンベルトを構えまっすぐに進めない

歩行者は迂回せよ!だって  車社会に今となってはしょうが無いか

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JR富士駅近くに来た。以前訪問した かつ皿で有名な金時さんにまた訪問

してみた。このお店は秘密のケンミンSHOWで放映された週末に態態出掛け食べ

に来ていたが今日はさっき食べたばかりなのでとてもじゃないが食べられなかった

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今にして思えばよくこんな遠くまで来たもんだね。

日帰りではこの先の藤枝に朝ラーを食べにも来ていた



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カフェレストラン フラワーズ  店外に行列が出来ていた

何でもふわふわオムライスが自慢の店らしい

今度食べてみよう

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富士川

水量が多く激しい流れだった。それにしても拙者の足は正確だ。30粁を超えたあ

たりから痛み始める。今朝は三島宿から歩き始めここ富士川でちょうど30粁。

そして痛くなると極端にペースが落ちる

蒲原宿まであと5粁だが 逸れ際も危うくなってきた

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激痛に堪えながらipadでも寄りの駅を検索すれば 富士川駅があった

今日はここが終着点とすることにした

夏みかん畑があった

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岩淵宿

蒲原宿まで三十二町

条里制においては6尺を1歩として60歩を1町としていたが、太閤検地の際に6尺3寸を1とする60間となり、後に6尺を1間とする60間となった。メートル条約加入後の1891年DSCF2605に、メートルを基準として1.2キロメートルを11町と定めた。すなわち1町は約109.09メートル、1キロメートルは約9.1町となる。

三十二町×109.09m=3490m



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やっぱり足は限界 階段上がるのに一苦労 ギブアップ

三島駅に戻り 道草開始だ

その頃には足も回復していることだろう

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車を駐めた市役所までは伊豆箱根鉄道を使うことにした

初めて乗った地方路線。

西武グループの鉄道