2013.6.22

先日テレビ(テレ東 YOUは何しに日本へ)を見ていたら 大阪から東京まで歩きに来た青年の行動がO・Aされた

それだけならこんな考えに至らなかったが 6/15箱根に出かけた際 『箱根には旧東海道が通っていて 杉並木や、石畳など風情がある』記憶が蘇った

そうだ 『旧東海道53次』を自分の足で歩いてみたくなったが果たして京都までの長い道のり本当に完歩出来

るのか不安はつきない

それならまず 日本橋からまず歩けるところまで歩いてみようで実施日となった

日本橋から品川宿までは朝日を上手に避けながら快適歩を進められた
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延命院一心寺で道中の安全と三条大橋までの旧東海道53次制覇の祈願を終え

再び歩き出した

8:04 何だろう元本陣の跡なのかこの更地には建築予定所が掲げられていた

地図

地図見ていたらもっと気になる文字発見 『江戸楽座』 ここから2件隣にあったが、どう見ても普通の民家だ

だから歩いていたときには気がつかなかった訳か

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とある民家の表札に目が止まった

東京府東京市品川區・・・こんな表札が現存しているこの街こそ奇跡だね


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またまた歴史を感じさせる店発見 岡松畳店

昭和の時代を感じさせるね そうだ今度こんな建物あったらセピアバージョンで撮影しよう


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セピア色に加工

この方がず~と様になっている



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初めて現れた街道案内板

でもこの時間帯何人の方が旧東海道53次を徒歩にて制覇しているのだろう

たぶん拙者だけだろう

たぶん年間でも100名もいないんじゃないかな

それだけ世間からは無関係になってしまったのだろう

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浜川橋(別名泪橋)

昔はここから先が刑場の領域だったんだろうな



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鈴ヶ森刑場跡  地図

220年の間に10万人から20万人もの罪人が処刑されたと言われている・・・すごすぎるだろ


ここは恐ろしく素通りしてしまった  くわばらくわばら 助けて

くわばらくわばらとは地名である“桑原”から由来しているのではなく、「仏教用語」の「クワンバラン」(インド、サンスクリット語で、いやな事や、恐ろしい事を避けるときに唱えるおまじない)がいつの日か「くわばらくわばら‥」となり、「くわばらの欣勝寺」と呼ばれるようになったとのことです。   

再び15号線に合流 今こうして本来あるべき姿の旧道を歩いてきたらこの大きな15号線を歩くのが何ともつまらない

都会の色そのものの幹線道路には趣のかけらもなかった
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再び東海道は旧道へと分かれていく。その分岐点には昔ここが海水浴場だったことを示す看板(札)が立っていた

地図  スポーツセンター近く


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9:01 歩き始めて3時間  まだまだ元気 足も痛くない 快調





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今回の旧道は 大森海岸に近いため海苔業が盛んだったらしい

当時の様子が石に描かれていた



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夜のこの界隈を描いているシャッターがあった

遊郭があったのだろうとても賑わっている様子だ



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すると威厳漂う建物に足が止まった

何かと思ったらタトゥー・刺青を施すお店だった





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蒲田駅近くに ピサの斜塔があった

ここからまた15号線を延々と歩き神奈川県へと入る





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六郷橋から多摩川を望む

時は10:22  ここに来てすっかり曇り空になっていた。そのため川面を渡る風が火照った体に気持ちいい


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さあ 神奈川県突入。だが油断していたら旧東海道は15号線から大きく右へ曲がっていたのを知らずそのまま15線を暫く歩いていた。

ふと休憩したときipadを見たらコースから外れていることに気づき位置修正した


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結局川崎宿を通り越して熊野神社近くまで来ていた 地図

そんな不覚を踏んでからは片手にipadを持ち逐一チェックしながらの行脚となった